2017/11/02 12:00

ココ、N°5、そしてガブリエル…… シャネルという人をアーカイブする名香 CREA 2017年11月号

時代を経るほどに、存在感を増し
女たちに本質を伝えようとする天才


ガブリエル シャネル オードゥ パルファム 100mL 18,500円、50mL 13,000円/シャネル

「みんな、私の着ているものを見て笑ったわ。でもそれが私の成功の鍵。みんなと同じ格好をしなかったから」。男の服を着たり、コルセットを外してメリヤスのような素材で動きやすい服を作ったり、スカートの裾を切って足を見せてしまったり、当時はやはり非常識だったかもしれないココ・シャネルの試み……でもそれらは今そっくり、“女の服”の原型となっている。まさに“モードの預言者”のような仕事をした人。

 だからだろうか、没後半世紀近く経っても、まだ生きているように、女を啓蒙し続けている。少なくとも過去の人とは思えない。デザイナーである前に、本質の本質を知っていた哲学者だから。そういう人だから、いっときの流行ではなく永遠のスタイルを作れたのだ。それどころか今なお時が経つほどに、シャネルの提案の正しさをより生々しく思い知らされるのは、驚きでさえある。

 そう感じるのは、ひょっとするとシャネル社が時代を見計らい、ゆっくりと、でも淀みなく、ココ・シャネル自身を丁寧にアーカイブするような香水を出すからではないかと思う。ココ。ココ・マドモアゼル。そして今秋、発表されたガブリエル シャネル。いずれも、シャネル自身を描く香り。だから香水が発売されるたびシャネルという人の底知れなさを思い知ることになるのだ。

素顔のシャネルを描いた香り、
ガブリエル シャネル


1909年。まだ髪を切る前のガブリエルシャネル。(C)CHANEL

 思えば、香水史に燦然とその名を轟かす N°5も、どこかシャネル自身の独白のような香り。その果てしない官能性は、この人が類い稀なアーティストであり、また生身の女であったことを語りだす。奇しくもこの香りを創作している時期の出来事をかなり忠実に描いたとされるのが、映画『シャネル&ストラヴィンスキー』。

 当時としては前衛的すぎた『春の祭典』の初演は客席から怒号が飛び交うほどの大失敗に終わる。しかしこの日、客席にいたココ・シャネルはストラヴィンスキーの才能に魅せられ、やがてロシアから逃れてきた彼を援助するべく家族共々自分の別荘に住まわせる。しかしそれは、背徳の始まり。男の妻子も住むその家で二人は不倫関係を続け、妻が気づいたあとも関係を断つことはなかった。「罪の意識は?」「ないわ」。まさにこの頃、 N°5が創作されたのだ。

 ストラヴィンスキーもまた大ブーイングを受けた『春の祭典』の改訂版を書くが、現在この曲は、クラシック音楽に革命をもたらした現代音楽の古典として、類い稀なる傑作として、これまた音楽史に名を轟かせている。昨年もクラシック音楽最強の名曲を選ぶアンケートで第1位に輝いているのだ。そこでもまたシャネルの存在感が煌めいてしまう。

 あの時シャネルの行動は、ただの愛欲ではない、後に天才とも呼ばれる男の才能に気づき、愛したがための止むに止まれぬものだっただろうと思うから。そう思うと、また今更ながらシャネルの偉大さが押し寄せてくる。

「かけがえのない人間になりたいのなら、人と同じことをしてちゃだめ」「失敗しなくちゃ、成功はない」そういう言葉を残したシャネルに、致命的な失敗を犯した男が身も心も捧げたとしても不思議ではない。

 ましてやその愛憎の中で、「僕は芸術家、君は洋服屋」と男に蔑まされた女はしかし平然とこんな言葉を残している。「モードは忘れられて、はじめてビジネスになる。『右』と言ってしばらくして『左』と言うような、相反する提案をすることもある。モードは芸術作品のように眺めるものではなく、実用品でもあり、時代の空気を反映するものだから」……何枚も上手。全くとてつもない女である。

 そんなふうにこの人の膨大な名言のひとつひとつを紐解いていくたびに、今尚生きていて、私たちにどうにか真実を伝えようとしているように思えてならないのだ。唯一無二、着ることも愛することも全て引っ括めた女のための哲学者に思えてならないのである。

 ガブリエル シャネルは“ココ・シャネル”を世に送り出した素顔のシャネルを描いた香りとされる。白い花だけを使った透明度の高い香りながら、何か体感したことのない奥行きと雄弁さを感じる体温をもった重厚な香りは、ちょっと身震いがするほどの名香。時を経るほどに存在感を増す天才が名言のように残した香りには恐るべき洗練が宿ってる。「下品こそ、この世でもっとも醜い言葉。私はそれと闘う仕事をしています」という宣言を物語るように。


映画『シャネル&ストラヴィンスキー』
ココ・シャネルとストラヴィンスキー。有名なデザイナーと天才作曲家、二人の秘められた至高の愛を、素晴らしい調度品とともに描く人間ドラマ。シャネルの衣装や装飾品にも注目。

文=齋藤 薫,撮影=釜谷洋史

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