2017/06/14 18:00

ろう者は特別で、平凡で、隣のおじさん、おばさんみたい――コーダの世界(2)

©チュ・チュンヨン
©チュ・チュンヨン

コーダの世界(1)より続く 

 2015年の文庫化以来、ひそかなロングセラーになっている『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文春文庫)の著者・丸山正樹さんと、同年に韓国で公開され、日本でも現在公開中のドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』のイギル・ボラ監督の対談第2回は、映画について。

◆◆◆

両親を描くことを通して、監督自身のことが語られている

丸山 自分の本の話ばかりしてしまったので(笑)、ボラさんの映画『きらめく拍手の音』の話をしましょう。

 時折挿入される手話によるナレーション。あれはボラさんの手ですよね。

ボラ はい、そうです。

丸山 それを主観で撮っていて、映像としてもきれいでしたし、何よりこの手法で、映画が徹底してボラさんの視点、娘でありコーダであるボラさんの目から描かれていることがはっきりと分かります。

 ボラさんが画面にほとんど映らないこと、「声」も聴こえないことも印象的でした。おそらくカメラの向こうから手話で語り掛けているのでしょう。それにご両親が手話で応える。「音声語」と「手話言語」(韓国ではこういうそうです)の両方を話せる人ならではだと思いました。

 映画の比較的初めの方に、ボラさんが小学生の時でしょうか、学校に提出した、親が書いた体裁の日記のようなものが出てきますね。その字はボラさんのものではないでしょうか。つまり、本来親が書くべきことをボラさん自身が書いた。ボラさんが、いかに子供の頃からしっかりしなければならなかったか、自分のことを客観視しなければならなかったか、ということがよく分かる。とても心に残りました。

 映画の中でボラさん自身の「思い」は直接語られていないのに、ご両親を描くことを通して、それが伝わってくる。

ボラ そう言っていただけると嬉しいです。

丸山 ボラさんが、早くから海外に出たり、映画をつくったり、「今ここ」ではないところに向かいたい、という思いの源もなんとなく分かる気がしました。

 つまり、それがコーダが持つ、宿命というと大げさですが、幼いころから通訳をさせられたり、泣いても親には聞こえなかったり。強さ、たくましさを身につけるとともに、ある種の孤独感がある。愛情はたっぷりそそいでもらっていても、自分のいる場所が他にあるのではないかという思い。自分の感情の源流に何があるのか知りたい、という思い。それがドキュメンタリーづくりに向かわせたのではないか、と思いました。

ドキュメンタリーは世界への窓

ボラ 幼い頃からドキュメンタリーを見るのが好きでした。両親が共稼ぎだったので、帰りを待ちながらずっと見ていました。

丸山 変わったお子さんですね。普通はアニメとかですよね。

ボラ ええ、弟はアニメを見たがったんですけどね(笑)。深い海の底を映し出すようなドキュメンタリーなどを見て、私が知らない向こう側には、こんなすごい世界があるんだと、とても興奮しました。私にとってドキュメンタリーは世界への窓だったように思います。

 私は、子供の頃から父や母の世界について、いつも音声言語で説明しようと努力してきたけど、うまく伝えきれませんでした。そんな両親の世界を、いつか映像で語りたいと思っていて、今回の映画でそれが実現しました。

丸山 初めての長篇映画ということですが、観客の反応はいかがでしたか?

ボラ とても特別なんだけど、でもとても平凡で、まるで隣のおじさん、おばさんの話みたいだ、というコメントが多かったです。それがとても嬉しかった。なぜかというと、韓国社会でろう者と呼ばれる聞こえない人たちと、一般の人と呼ばれる聞こえる人たちの距離を縮めたいと思っていたからです。

丸山 その思いが達せられたということですね。日本ではまさに今公開されているところですが、日本の観客の反応はどうですか? 韓国とは違うものがありましたか?

ボラ キムチを漬けるシーンでみなさんびっくりするんですね(笑)。それが面白かったです。そして丸山さんが言ってくれたように、やはりカラオケの場面がみなさん印象深かったとおっしゃってくださいます。言語を飛び越えて、同じ人間として響きあう何かがあるんだなと思いました。言語を越えたその先にあるもの。それこそが、映画が生み出せるものなんじゃないかと思います。

イギル・ボラ●1990年生まれ。18歳で高校を退学、東南アジアを旅しながら自身の旅の過程を描いた中篇映画『Road-Schooler』(2009)を制作。韓国国立芸術大学で、ドキュメンタリーの製作を学ぶ。『きらめく拍手の音』は国内外の映画祭で上映され、日本では山形国際ドキュメンタリー映画祭2015〈アジア千波万波部門〉で特別賞受賞。2015年に韓国で劇場公開を果たした。

まるやままさき●1961年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。広告代理店でアルバイトの後、フリーランスのシナリオライターとして、企業・官公庁の広報ビデオから、映画、オリジナルビデオ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、舞台などの脚本を手がける。2011年、『デフ・ヴォイス』で小説家デビュー。ほかの作品として『漂う子』がある。

『デフ・ヴォイス』
仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人。今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがてただ一つの技能を活かして手話通訳士となり、ろう者の法廷通訳を務めることに。そこへ若いボランティア女性が接近してきて、現在と過去、二つの事件の謎が交錯を始める……。マイノリティーの静かな叫びが胸を打つ、傑作長篇。

『きらめく拍手の音』
サッカー選手を目指した青年が、教会で出会った美人の娘にひとめ惚れ。やがて夫婦となり、二人の子どもを授かるが、他の家族とちょっと違うのは、夫婦は耳が聞こえず、子どもたちは聞こえるということ……。韓国の若き女性監督が、繊細な語り口とやわらかな視線で、音のない家族のかたちをつむぐ。両親へのプレゼントのようなドキュメンタリー。

 二人が描き出した小説と映画。共通項の一つに、「デフ・ヴォイス」=「ろう者の声」について描いている、ということがある。

 次回は、その話を。

撮影 チュ・チュンヨン 翻訳・構成 矢澤浩子

(「文春文庫」編集部)

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