2017/10/10 11:00

役者・仲代達矢 渾身のロングラン公演に挑む!

写真協力:無名塾
写真協力:無名塾

日本を代表する唯一無二の映画人であり、
伝説を作り続けてきた演劇人が、
この秋、能登演劇堂で約1ヶ月間の舞台に上る。
84歳の名優「仲代達矢」の凄味とは――。

◆◆◆

 現在発売中の『 仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版 』(文春文庫)は、筆者が仲代にその六十年以上におよぶ役者人生について幾多の名作映画の舞台裏を中心にうかがった、インタビュー本だ。

 取材時に気づいたことがある。撮影時に課せられた要求や撮影環境が困難であればあるほど、それを語る仲代の表情や口調は充実感を帯びてくるのである。その表情は「嬉しそう」とすら思えた。

 仲代の名を一躍世間に知らしめた小林正樹監督『人間の條件』全六部(一九五九~六一年)では、走る戦車の下に潜らされたり、雪の中で生き倒れになる場面ではそのまま雪に覆われて凍死寸前になったり。同じく小林監督の『切腹』(六二年)では、真剣を使って殺陣をした。岡本喜八監督『殺人狂時代』(六七年)では地面に無数の火薬が埋められた中を駆け抜け、五社英雄監督『御用金』(六九年)では、高い木の枝に吊るされたり、草履のまま岸壁を登らされたりもした。

 極め付けは黒澤明監督の『乱』(八五年)だ。ここでの仲代は、「NGを出したら四億円の損失になる」と黒澤からプレッシャーをかけられながら、「燃え盛る城のセットから出て、足下を見ずに長い階段を降りる」という芝居をワンカットでやっている。

 こうした命がけともいえる撮影を、仲代は「苦労」とは決して捉えていない。

「監督のどんな要求にも応えられるよう、技を磨き、身体のコンディションを整えておく。それがプロの役者の第一」

そう考えているからだ。

 困難な状況を課せられたり、無茶な要求を振られたりするほどに輝く役者。それが仲代達矢なのだといえる。

「自分のやりたい芝居」とは

 だが近年の日本映画界には、仲代にそれだけの要求をできる演出力のある監督も、それを受けとめられるだけの現場も、ほとんどなくなった。だからといってそのままの状況に甘んじる仲代ではない。

 誰も困難を課してこないなら、自分で課す――。近年の仲代の活動を追っていると、そうとしか思えないほど、自らの手で自らを追い込み、芝居への意欲を掻き立てていっているように映るのだ。

 その主戦場となっているのが、仲代自身が主宰する「無名塾」だ。

 無名塾では毎年一公演のペースで芝居を続けており、その演目の大半は仲代自身が決めてきた。

「無名塾では、自分のやりたい芝居をしてきました」(仲代談・以下同)

 そして、その「やりたい芝居」が、ことごとく多大な困難を伴うものなのだ。

 たとえば二〇一三年の『授業』。これはイヨネスコの不条理劇なのだが、ここでの仲代は論理的には意味をほぼ成していない膨大な量のセリフを、休む間もなくほぼ一人で滔々と述べている。

 しかも、その劇場に選んだのは自らの稽古場。ここを劇場として開放して観客を入れたのだ。この場合、互いが物凄く近距離で接しているため、観客は役者の息使いまで敏感に感じ取ることができる。そのため、セリフや芝居の間のミスはもちろん、集中力の途切れも観客に伝わってしまうため、演じる側からすると一瞬たりとも隙があってはならなくなる。これを仲代は連日こなしていった。

自らに困難を課していく

 この『授業』には他にも二人の共演者がいた。が、翌年の公演『バリモア』となると、舞台袖からの声での出演者がもう一人いるものの、舞台上にいるのは仲代だけという、実質的には一人芝居になっている。そのため、舞台上の演者にかかってくる観客からのプレッシャーは尋常なものではないはずだ。

 だが、仲代はそれを喜々としてはねのけている――筆者にはそう映った。

 仲代は公演前に朝から通し稽古をする(つまり、一日二回の一人芝居を実質的にすることになるため、これもまた大変な困難を自らに課していることになる)のだが、その光景を何度か見学させていただいた際、セリフの多さに苦闘している姿を垣間見ている。

「セリフさえ覚えないでよければ、役者ほど楽しい仕事はないですよ」

 仲代はよくそう言うが、その言葉には謙遜でも冗談でもない、心からの正直な想いが詰まっているのだと痛感できた。それだけに、膨大なセリフを覚えた上で演じる必要のあるこの一人芝居は毎日とてつもない困難との闘いなのでもあった。

 それが、いざ本番となると。稽古での姿が嘘のように朗々と、流れるように美しい口跡で次々と発せられていくのである。プレッシャーがかかる局面になればなるほどに本領を発揮する。仲代の凄まじい集中力とそれを生み出す強烈な役者魂に間近で触れて、心が震えた。

八十歳を超えての大転換

 仲代がこうした困難ともいえる演目ばかり続けてきた理由は、もう一つある。それは長い役者人生を経ての現在地だからこその、表現者としての心境の変化だ。

「役者を六十年やってきて、今度は道楽でやってみようと思ったんです」

 仲代は長いこと、特に映画においては「なによりも監督の要求に応えること」を旨としてきており、そのため役者という職業を「芸術家」ではなく、「私を買ってくれるなら一生懸命やります」という「職人」だと捉えてきた。そのため、時には「やりたくない演技もやらなきゃいけない」と受け止めていた。

 だが近年、「やりたい芝居」のできる無名塾の舞台で、それとは正反対ともいえるスタンスで臨むようになっているのである。そのスタンスを、仲代は「自己暴露」と位置付けている。

「この歳になって、作品なり役なりを利用して自分自身をぶつけてやろうと思うようになりました」

 つまり、映画であれば監督や脚本家、舞台であれば演出家や戯曲家、彼らのメッセージを伝える媒介としての「演技」から、自らの想いを伝えるための「演技」へ。八十歳を超えて、仲代はそのスタンスを大きく転換させたのだった。

 たとえば『授業』は「観客に喜んでほしい」というそれまでの想いを逆転させて、「理解できないことをあえて叩きつけてみよう」という発想に端を発しての選択。また、『バリモア』では落ちぶれたアル中の役者の晩年を演じたが、これは「落ち目の役者」を演じながら、役者という仕事に自らが感じてきた不条理性へのコンプレックスや、「自分もそうなるかもしれない」という末路への自虐を表現したいという想いによるものだった。

 そんな仲代の公演『肝っ玉おっ母と子供たち』がこの十月の能登演劇堂を皮切りにスタート、半年の全国巡演となる。

 ここでも、仲代の想いはハッキリしている。昨今のこの国の状況を憂い、戦中派の人間として反戦のメッセージを明確に訴えかけようというものだ。そして演じるのは、三人の子供をもつ「母親」。これまた困難な役柄である。

 十分すぎる実績を築いた今もなお、役者として新境地を切り開き続ける仲代の姿、引き続き追いかけていきたい。

写真協力:無名塾

『肝っ玉おっ母と子供たち』公演情報

 第二次世界大戦敗戦時、まだ中学に上がったばかりの12歳だった仲代少年。B29による東京への度重なる空襲の中を命からがら逃げまどい、毎日のように黒焦げの死体を見ながら学校に通った幼い頃の体験は、85歳を迎えた今もなお決して消えることはないという。戦争の愚かしさを衝いたブレヒトの『肝っ玉おっ母と子供たち』は、生涯貫き通してきた非戦の思いに重なり、現在の危うい国際情勢、政治状況の中、どうしてももう一度演じておきたい作品だった。渾身の舞台は以下の76ステージで全国巡演予定。(編集部)

2017年
10/14~11/12 能登演劇堂
11/26 相模原 グリーンホール相模大野

2018年
1/10~1/18 北九州 北九州芸術劇場・中劇場
1/19~1/20 熊本 熊本県立劇場・演劇ホール
1/ 22  別府 ビーコンプラザ・フィルハーモニアホール 
1/23 大分 ホルトホール大分
1/24~1/25 飯塚 イイヅカコスモスコモン
1/26  直方  ユメニティのおがた 
1/27  田川 田川文化センター
1/ 29~1/31  下関 生涯学習プラザ・海のホール
2/1~2/3  佐賀 佐賀市文化会館・中ホール
2/5~2/12 福岡 ももちパレス
2/14~16  長崎 市民会館・文化ホール 
2/17 佐世保 佐々町文化会館 
2/19  島原 島原文化会館  
2/20 諫早 諫早文化会館  
2/22~23  宮崎 メディキット県民文化センター
2/24~2/25 鹿児島 市民化ホール・第二
2/26 都城  都城市総合文化ホール
2/27  人吉  カルチャーパレス 
3/28~4/5 世田谷 パブリックシアター

なかだいたつや/1932年、東京生まれ。1952年、俳優座付属養成所に4期生として入所。千田是也に師事し多数の舞台に出演。映画界では小林正樹監督の『黒い河』『人間の條件』『切腹』、黒澤明監督の『用心棒』『影武者』『乱』をはじめ、成瀬巳喜男、岡本喜八、市川崑、五社英雄など日本を代表する名監督の作品に出演し、テレビドラマでも『新・平家物語』『大地の子』『清左衛門残日録』ほか代表作が多数ある。1975年、俳優を育成する私塾「無名塾」を、亡き妻・宮崎恭子(女優/脚本家・演出家の隆巴)と共に設立。次代を担う俳優を数多く育て、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞、紀伊國屋演劇賞、読売演劇賞ほか数々の賞を受賞。2015年文化勲章。

かすがたいち/1977年東京生まれ。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士課程終了。近著に『 仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版 』(文春文庫)

(春日 太一)

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