2017/10/06 19:00

綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #前編

©文藝春秋
©文藝春秋

 2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏と日本の国民的女優・綾瀬はるかは不思議な縁で結ばれていた。綾瀬が2016年に主演した連続ドラマ『わたしを離さないで』(TBS系)の原作者がイシグロ氏。このドラマ撮影に先立って、ロンドンでイシグロ氏と対談していたのだ。

出典:『文藝春秋』2016年2月号

◆◆◆

イシグロ ロンドンでは、もうどこか見て回られましたか。

綾瀬 昨日こちらに着いたばかりなんですが、先ほどまですぐそこの公園、ラッセル・スクウェアを散策していました。可愛いリスがいて、思わず追いかけて写真を撮ってしまいました。

イシグロ リスが珍しいんですね。ロンドンではリスは多過ぎるぐらいですよ。どこの庭にも、実にたくさんいます。

綾瀬 いたずらをしたりするんですか?

イシグロ そうですね、時には電線をかじっちゃうこともある。

 はるかさんと、楽しくリスの話を続けたいところですが、そろそろ本題に入りましょうか(笑)。

----
 2015年12月、女優・綾瀬はるか(30)が忙しい合間を縫って、ロンドンを訪れた。目的はカズオ・イシグロ氏(61)に会うこと。2016年1月15日から始まる連続ドラマ『わたしを離さないで』(TBS系、毎週金曜夜10時)に主演することが決まって以来、原作『Never Let Me Go』を著した同氏との対話を熱望してきたのだ。

 イシグロ氏は1954年、長崎で生まれ、父の仕事の都合で5歳の時に渡英。以後英国に住み続け20代で英国に帰化。82年、英国に住む長崎生まれの女性の回想を描いた処女作『遠い山なみの光』(原題:A Pale View of Hills)で王立文学協会賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾る。89年の第3作『日の名残り』(The Remains of the Day)で英国最高の文学賞であるブッカー賞を受賞。同作は名優アンソニー・ホプキンス主演で映画化もされた。2005年に発表された『Never Let Me Go』も世界的ベストセラーとなり、10年に映画化、14年には日本でも蜷川幸雄氏の演出で舞台化された。近年、ノーベル文学賞に最も近いとも言われる世界的作家と、その物語を演ずる主演女優。通訳を介しての二人の対話は次第に熱を帯び、2時間近く続いた――。
----

綾瀬 『わたしを離さないで』は、他人に臓器を提供するためのクローンとして、特殊な環境で育てられた若者たちのドラマですが、どのようにして、「臓器提供」という設定を思いつかれたんですか。

イシグロ 実は『わたしを離さないで』は、15年くらいにわたって、計3回挑戦した作品なんです。最初の2回は、途中で断念しました。当初、クローンによる臓器提供というアイデアは思いつかなかった。私が元々持っていたのは、非常に寿命が短い若者たちが、普通なら年をとってから経験するようなことを短期間で経験するというアイデアでした。それをどのような設定で伝えるか。最初の試みでは「核」を題材に使ってみました。

綾瀬 それも、とても興味深いお話です。

イシグロ でもあまりうまくいかなかった。3回目の挑戦でようやく、クローンというSF的なアイデアが浮かんできたんです。そこで、臓器提供のために作られた美しく若いクローンが、普通の人なら70~80年かけて経験する人生を、わずか30年という短さで経験するお話にしようと決めたんです。

物語が故郷に戻っていった

綾瀬 何を伝えるために、そのような設定を思いついたんですか。

イシグロ 「人生とは短い」ということを書きたかった。あらゆる人がいずれ死を迎えます。誰もが避けられない「死」に直面した時に、一体何が重要なのか、というテーマを浮き彫りにしたいと思ったんです。

綾瀬 原作は90年代のイギリスが舞台で、登場人物もイギリス人ですよね。今回のドラマは日本に舞台を移していますが、そうした変化は、原作者としてどんな風に感じられるものですか。

イシグロ 実は、今回日本でドラマ化されることを非常にうれしく思っているんです。原作の根底にあるものは、なぜか非常に日本的だと以前から感じてきました。私は他に日本を舞台にした物語も書いているんですが、それら以上にこの作品は、イギリスが舞台なのに、どこか日本的なんです。ですから、ある意味で物語が故郷に戻っていったという感覚があります。

綾瀬 すでに脚本もお読みになって、「物語の中でこれまで光の当たっていなかった部分、奇妙で興味をそそるような角やくぼみ、時々はこれまで気づいていたけれども開けたことのなかったドアを開けて新しい部屋をまるまる見つけるような、原作の新しい部分を発見して、光を当ててくれる」というコメントを寄せて下さいましたね。

イシグロ 脚本を、すでに第5話分まで読みましたよ。10年に『Never Let Me Go』がマーク・ロマネク監督の手で映画化された際は、私も製作総指揮として携わりました。あの時は、非常に長い小説をわずか1時間45分に収めなくてはいけなかった。そこが一番難しいところでした。でも今回は連続テレビドラマになる。全部で10話もありますから、逆に話を広げていかなければいけません。脚本を書かれた森下(佳子)さんは、テレビドラマという形式において素晴らしく有能な方ですね。原作では提起されたけれども完全には答えがでなかった問題を、深く掘り下げて脚本にしてくれています。

綾瀬 私は先日衣装合わせを終えたばかりで、撮影が本格化するのはこれからなのですが、本当に楽しみです。

イシグロ 映画版では主人公のキャシーを演じたキャリー・マリガンをはじめ、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドが、登場人物の新たな側面を発見していってくれたように思います。書いた私自身も気付かなかったような側面が見られた。ニナガワさんが舞台化なさった際も、独自の解釈が加えられて非常にエキサイティングでした。

 今回はるかさんも、映画とも舞台とも違った新たな面を発見してくれることを期待しています。

綾瀬 どの作品でもそうですが、やはり演じる人によって、「役」というのは絶対に違ってきますから、私自身、どんなキャシーに、ドラマでは「恭子」という名前ですが、どんな恭子にしていくか、楽しみにしているところです。

男性も女性もそれほど違いはない

イシグロ はるかさんは、ある役柄を演じているうちに、自分でも思いもよらなかった面が見えてくるような経験はありますか?

綾瀬 はい、あります。作品に入る前は、「これは、自分には似た部分がない役だから難しいな」と思っていても、演じていく中で「あっ、こういう面が自分にもあったんだ」と気付かされることが結構多いんです。そういう役柄に限って、作品を見終えた友人から「今までで一番素のはるかに似ていたんじゃないの」なんて言われることもあります。

イシグロ そんな風に言われると、不安な気持ちになりませんか。というのも、実は小説家として私も同じような経験をすることがあります。ある登場人物を書いている時、最初は自分とは全く違う人物だと思っていたのに、実は自分によく似たところがあると気付いて自分自身驚くことがある。そして、それを読んだ人から「これはイシグロさんそっくりだね」と言われることがあるんです。

綾瀬 イシグロさんは、そういう時に嫌な気持ちや、不安な気持ちになりますか。

イシグロ 小説家も役者も、ある意味でプライバシーを切り売りしているようなところがありますよね。時々メディアの人から、作家自身の個人の生活と作品をごっちゃにして、「今作は、どれだけあなたの自伝的な要素があるのですか」などと聞かれると、困ってしまいます。

綾瀬 それはとてもよく分かります。私、イシグロさんにぜひ聞いてみたかったんですが、この作品では、私が演じる主人公のキャシーと、女友達であり、色んなものをキャシーから奪っていく敵役でもあるルース(ドラマ版では水川あさみが演じる美和)の、女同士の「神経戦」が非常に細かく描き込まれていますよね。好きな男の子への感情の変化、嫉妬心や、ちょっとした諍いの種も本当に緻密に描かれていて、「あぁ、こんな子ってクラスにいたなぁ」とか「わかる、わかる、この感じ」と思いながら読みました。男性のイシグロさんが、若い女の子のああした独特の、とても難しい心理状態を、どうしてここまで分かるんだろうと不思議に思ってしまいました。

イシグロ 誤解を招くかもしれませんが、私は男性も女性も根底ではそんなに違わないんじゃないかと思っています。私はいつも、その人物が男性でも女性でも、あまり気にせずに人間の根本的な感情を書こうとしています。人生に対する恐れや衝動、あるいは希望というものは、男性も女性もそれほど違いはないと思います。

綾瀬 小説をお書きになる時は、登場人物一人ひとりの気持ちになって書かれるんですか。

イシグロ それが唯一の書き方じゃないでしょうか。主な登場人物については、自分を投影して書いていきます。逆に言えば、いくら書いてもその人物の内面に共鳴できない場合には、そのキャラクターに対して私がそれほど興味がないということかもしれません。

綾瀬 やっぱりその人物になりたくてもなれない時がある?

イシグロ ええ、そういう時もあります。ただ主な登場人物については、どこかしら自分の一部が彼や彼女に含まれていると感じます。その人物が若かろうが年寄りであろうが、男であろうが女であろうが、国籍が何であろうが、その中に必ず自分の一部がある。そうやって人物を作っていくのです。

 ところで、今回はるかさんとお会いするにあたっては、TBSの方にお願いして、『JIN―仁―』(「わたしを離さないで」と同じく脚本・森下佳子氏で綾瀬が出演した連続ドラマ)を取り寄せて拝見しました。はるかさんの演技、非常に素晴らしかったです。(大沢たかおが演じた主人公の)医師に対する「愛」を、言葉を使わずに顔の表現やボディーランゲージでとてもうまく伝えていた。江戸時代という設定で、現代のボディーランゲージが使えないという制約がある中で、言葉にならない感情を、とてもうまく伝えていらした。

綾瀬 Thank you very much!

イシグロ 私は昔の日本映画が大好きなのですが、先日、原節子さんがお亡くなりになって、非常に残念なんです。私がイギリスで育った時代は、原節子さんが出ていたような映画が非常に重要でした。私は戦後の、この時代の日本映画がとても好きなんです。はるかさんの世代の女優さんは、原節子さんや高峰秀子さんのような女優から影響を受けていると思いますか。

綾瀬 うーん……難しい質問です。同世代の他の女優さんがどう思っているかは分かりません。でも、私は原節子さん、高峰秀子さん、お二人ともすごく好きなんです。それぞれまったく個性が違う女優さんだと思いますが、共通しているのは、凜としていて、品がある。あの、映画女優としての独特のたたずまいにはやはり憧れます。

イシグロ 先ほどスタッフの方からお聞きしましたが、是枝裕和監督の映画『海街diary』(15年6月公開)でのはるかさんの演技は評論家から「平成の原節子」とも称されたそうですね。実際、是枝監督が「原節子さんを思わせる昭和の香りがしたから」と起用の理由を語っていたとか。

綾瀬 いやいやいや(照れ笑い)。

イシグロ 私は小津安二郎監督だけでなく、是枝監督のファンでもあるのですが、その話を聞いて納得がいきました。『海街diary』は、まだDVD化されていなくて、残念ながら未見ですが、近いうちに見られるのを楽しみにしています(対談後に発売された)。

綾瀬 お恥ずかしい、畏れ多い話です。原さんのファンの方からすれば「おいおい」って感じだと思います(笑)。でも実際、是枝さんも小津さんをリスペクトされているし、私が演じた四姉妹の長女は、昭和の良き母親のような雰囲気がある役柄でした。そのイメージから、そうおっしゃる方がいたんだと思います。

イシグロ 日本の古き良き伝統を体現した原節子さんと、それを受け継ぐはるかさん。とてもいい比較論じゃないかと思いますよ。

綾瀬 ありがとうございます。原さんのお名前を汚さないように、頑張らないと。

(#後編に続く)

( 「文藝春秋」編集部)

今日の運勢

おひつじ座

全体運

元気よく自分をアピールすると、好感度アップ。体育会系のノリ...もっと見る >