2017/10/07 22:00

綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #後編

©ホリプロ
©ホリプロ

( #前編から続く )

彼らは天使ではない

綾瀬 イシグロさん、私、キャシーを演じるにあたって、どうしても聞いておきたいことがあるんです。先日ドラマについてのインタビューを受けた際に、ある記者さんから「キャシーは、いろんなことを受け入れる、まるで天使のような存在だと思うのですが、いかがですか」と質問されました。ひとそれぞれ、受け取り方が違うんだなぁと思ったんですが、私の解釈では全然違うんです。キャシーのキャラクターについて、どう思われますか?

イシグロ はるかさんに、ご自分なりのキャシーを作っていってほしいので、あまり私の意見を言って影響を与えたくありません。ただ、せっかくロンドンまで来てくださったので(笑)、少しだけお話ししましょう。

 私がこの物語を書いている時、キャシーを天使のように思ったことはありません。キャシーは臓器提供の為に作られたクローンで、閉ざされた、非常に特殊な環境で育ったわけですよね。外の世界の価値観を知らない。だから、過酷な運命も自然に受け入れる。現実の世界を見てみてください。今も様々な国で、本当に過酷な環境で生きている人が大勢います。彼らは天使なのではなく、必然としてその環境に適応し、精一杯生きている。自分が生きている意味を何とか築こうと奮闘している。例えば家族や兄弟の絆を築くことで、厳しい環境下でも幸せを作ろうとする。キャシーも、臓器提供という過酷な運命に置かれた中で何ができるかを、同じように捉えているのではないでしょうか。

綾瀬 私も「天使」という捉え方に何となく違和感を感じていたので、よく分かりました。

イシグロ 映画や小説の登場人物は、得てして非常にヒロイックだったり反抗的だったりします。多分物語の世界では、キャシーのような人物は非常に変わった存在に映ります。だからその記者さんは「天使」と言ったのかもしれませんね。でも例えば、「酷い管理職の下、過酷な職場で働いている」とか、「いじめに遭っている」とか、多かれ少なかれ、誰もがそういうものに耐えながら、何とか生きているのが本当の世界です。そう考えると、キャシーの世界は、設定こそSF的ですが、実は現実に近いんじゃないかと思いますよ。

綾瀬 確かにそうですね。

イシグロ 例えば普通の人生では、友情や愛に比べて、時にはキャリアやお金を優先してしまうことがありますよね。人間は、そういうことをしてしまうものです。この物語では、登場人物の人生を非常に短くすることによって、じゃあ人生がこれほど短かったら、本当に何が重要ですか、と問いかけたかったのです。

 また別の見方をすれば、この物語には臓器を提供する人とされる人、持てる者と持たざる者という対立構造が見て取れる。見る人によっては、奴隷のメタファーであるとか、政治的な見方をすることもできると思います。どうやら森下さんの脚本の中には、そうした側面も入ってきているようですから、そこは新しく拡大される面白い部分ではないかと思います。

「Never」に込められた思い

綾瀬 イシグロさんの他の小説と違って、性的な描写もかなりたくさんありますよね。読んでいてドキッとさせられた部分も少なからずありました。

イシグロ 性的な部分を特に強く意識したわけではありません。ただ、この物語は若い男女の三角関係を中心にしています。若者の愛を語るうえで、性的な関係は重要な一部ではないかと思います。キャシーが物語の中で自分を発見していく過程においてトミー(ドラマでは三浦春馬が演じる友彦)に対する愛というのは非常に重要です。その一部として、性は切っても切り離せないものです。

綾瀬 原題の『Never Let Me Go』にはどんな意味が込められているのでしょう。

イシグロ 「Never」とは、絶対的な否定です。つまり『Never Let Me Go』とは不可能な要求なんです。「絶対に離さないで」といっても、人間は遅かれ早かれ死によって離れざるをえないし、他の事情によって離れることもある。本当に絶対に離れないということはあり得ない。あえてその「Never」を使うことによって、いかに愛が強いか、永遠に一緒にいたいという気持ちの強さと、それがかなわない悲しさを表現したんです。

----
 その後、話題は『わたしを離さないで』を離れ、二人のある「共通点」に移っていった。

 イシグロ氏は長崎生まれで、最初の長編小説『遠い山なみの光』では、原爆が落とされて間もない戦後の長崎を舞台に、そこで生きる女性たちが登場する。

 一方、綾瀬は広島出身で、祖母の姉が被ばくして亡くなっている。そうした経験から、この10年程「NEWS23」(TBS)を中心に、被ばく者にインタビューする仕事を続けてきた。戦後70年だった2015年の夏も、爆心地付近で被ばくしながら生き残った人々の話を聞きにいったという。これまで広島と長崎で40名近い被ばく者に話を聞き、伝える仕事を続けてきた。
----

イシグロ さきほどスタッフの方から、はるかさんがおばあ様のお姉さんを原爆で亡くされたことを聞きました。実は私の母も、長崎の原爆で生き残ったんです。母の場合、それほど爆心地の近くではなかったので、被ばくという面では深刻な被害はなかったのですが、爆風でタイルが落ちてきて怪我をした。ただその怪我のために、爆心地付近に駆けつけてお手伝いができなかったのが、結果的には幸いしました。直後から爆心地に入って救助のお手伝いをされた方々は、間接的に被ばくされましたからね。

綾瀬 そうだったんですね。ちょうど今年(15年)の夏は、広島で、爆心地から500メートル圏内にいながら生き残った方々にお話をうかがいました。

イシグロ 原爆の被害者に限らず、第二次世界大戦を経験した世代の方々が、世界中で年々亡くなっていっている。メッセージを次世代に伝えていくことは非常に重要です。私は10年程前にポーランドのアウシュビッツを訪れたことがあります。ホロコーストの犠牲者もかなりご高齢になってきていました。犠牲者が亡くなると同時に経験が消え去ってしまっては意味がない。私たちはそれを伝えていかなければいけません。はるかさんのなさっているお仕事は、非常に価値のあることです。個人の体験者の声を伝えるというのは、歴史の本で「こういうことがあった」と間接的に伝える以上に重要な意味を持っています。

綾瀬 私もそう思います。

イシグロ 私が20〜30代の頃はまだ冷戦時代で、西洋社会では核戦争に対する恐れが強くありました。でも冷戦終結後、核に対する恐怖が徐々に忘れられつつあるように感じます。今、世界は非常に不安定で危険な状況にある。その中で核爆弾は未だ存在しています。

----
 2015年5月、『わたしを離さないで』以来10年ぶりに出版されたイシグロ氏の最新作『忘れられた巨人』(原題:The Buried Giant)は、竜や妖精が出てくる一見ファンタジーのような雰囲気の作品だが、サクソン人とブリトン人の争いが根底に流れ、竜によって記憶を失っていた人々が記憶を取り戻した時に、果たして平和に暮らすことができるのかが重要なテーマになっている。折しも対談直前、英議会では、過激派組織「イスラム国」に対する空爆範囲をシリア領内にも拡大する政府案が可決されたが、「不安定で危険な」世界情勢下だからこそ、より広く読まれるべき重要な作品だと評する声も多い。話題は、イシグロ氏の最新作へも広がっていった。
----

イシグロ 『忘れられた巨人』は、「社会における記憶」を扱った作品です。人間はいかにして憎しみを作り上げるのかについて書きました。この社会では時として、過去をあえて掘り起こして、今では存在しないはずの憎しみを過去の記憶から新たに作ったり、世代から世代へと伝えていくことがあります。歴史をコントロールすることによって、憎しみが再創出されることがあるのか、という問題を描きました。

綾瀬 いつも、イシグロさんの頭には、最初に「こういうことを書きたい」というテーマが浮かんで、そこから様々な物語を作っていかれるんですか?

イシグロ ええ、常にとてもシンプルなところから物語作りを始めます。2、3行で言い表せる、物語のコアとなるようなところからスタートします。自分が深く強く感じるものができるまで待ち、その強い感情的なメッセージを根幹に据えて、そこから物語を膨らませていくのです。

綾瀬 自分の感情が強く反応するまで、じーっと待つんですね。

イシグロ ええ、いつもかなり長い時間待ちます。私は小さなノートを持っていて、そこにまずは1、2年かけてアイデアを書き溜めていく。そして強い感情が湧きあがってくるのをとにかく待ち、「それ」がきた時に物語ができていく。

ファム・ファタールをはるかさんに

綾瀬 辛抱強さも大切なんですね。小説を書いている時以外では、何をされている時が一番楽しいですか。

イシグロ 映画が特に好きです。自宅にミニシアターを作ってあり、プロジェクターで昔の映画を見るのが一番の楽しみでしょうか。日本映画だけでなく、30年代のハリウッド映画や50年代のフランス映画も見ます。あとは、カフェで会話を楽しみながらケーキとお茶、というのも大きな楽しみです。もうひとつは音楽です。若いころはボブ・ディランやレナード・コーエンに憧れて、ソングライターになろうと思っていました。今は曲は書いていませんが、作詞は続けていて、ジャズシンガーのステイシー・ケントの詞を書いています。

綾瀬 最後にもうひとつ、Difficult questionかもしれませんが、よろしいですか。イシグロさんは映画やドラマの脚本を書かれることもありますよね。今日、こうして2時間近くお話をさせていただいた感触から、私が今後、どういった役柄を演じたら面白いと思われますか?

イシグロ 興味深い質問ですね。『わたしを離さないで』のキャシーは、まさにパーフェクト、ぴったりだと思います。また、私は今、ロボットやサイボーグに興味があって、関連の本を読んだり映画を見たりしています。そうしたSFっぽい映画ではるかさんを見るのも面白そうですね。それと、全く正反対のタイプに見える役をやるのも時には面白い効果が出ます。だから、はるかさんが悪女的なファム・ファタール(運命の女)を演じると、面白いのではないでしょうか。

綾瀬 Thank you so much!

( 「文藝春秋」編集部)

今日の運勢

おひつじ座

全体運

人づきあいがキーとなる日。この人と思ったら、わかりあえるま...もっと見る >