2018/06/02 17:00

三浦友和×宮下奈都「こんなことってあるんだ、っていうくらい幸せな映画体験でした」 

左:宮下奈都さん 右:三浦友和さん ©石川啓次/文藝春秋
左:宮下奈都さん 右:三浦友和さん ©石川啓次/文藝春秋

 100万部突破の本屋大賞受賞作が待望の映画化! 原作者の宮下奈都さんと、主人公で新米調律師の外村直樹を導いていく、運命の師・板鳥宗一郎を演じた三浦友和さんが、その感動の源流を存分に語り合う――。

◆ ◆ ◆

三浦 宮下さんとお目にかかるのは、撮影現場に続いて2度目ですね。

宮下 対談という機会は初めてで、今日はすごく緊張しています。映画『羊と鋼(はがね)の森』で、三浦友和さんが板鳥(いたどり)さんを演じてくださると聞いた時は、家族も親戚中もいちばん盛り上がったんですよ。「すごい!」「でかした!」みたいに言われて(笑)。私の世代にとって三浦さんは憧れの大スターで、ご出演いただけたのが本当に嬉しかったことを、真っ先にお伝えしたいと思っていました。

三浦 完成した映画をご覧になっての感想はいかがでしたか?

宮下 本当にすばらしくて感激しました。特に印象的だったのは、主人公の外村(とむら)君に調律用のハンマーを渡すシーン。「そうか、板鳥さんはこんな風に渡したのか」と、私の方が教えてもらったような気がしました。

三浦 ハンマーを渡す場面は2回ありましたよね。

初めてお会いした時、プロの調律師の方にしか見えなかった

宮下 どちらも心に残りますが、2回目の方が深い意味を持ちますよね。演じ方にも違いがありましたか。

三浦 大まかに言うとですけど、最初は「頑張れよ」、次は「容赦しないぞ」というところですかね。

宮下 なるほど、厳しさが加わったということでしょうか。実は、私は板鳥さんを書いていても、ずっと顔がはっきりしていなかったんです。決して男前ではないし、ボーッとしているんじゃないかと想像していたんですが、三浦さんが演じてくださったことによって、板鳥さんはハンサムだったんだ、と書き変えられました。ただ、ロケの現場で初めてお会いした時には、そこに三浦友和さんがいらっしゃると分かっているにもかかわらず、向こうから歩いて来るのが、腕のいいプロの調律師の方にしか見えなかったんですよ。

三浦 ありがとうございます。最大の褒め言葉ですね。

宮下 コンサートの場面だったので、ベテランの調律師さんがアドバイスに来てくれたんだと勝手に思い込んで……だから、私が初めて三浦さんをお見かけした時の印象は、そのままの板鳥さん、あるいは素晴らしく腕の立つ調律師さんだったんです。

板鳥さんは神様だった!?

三浦 今回のお話をいただく前から、『羊と鋼の森』の原作はすでに読んでいました。話題になった小説は欠かさずに読んでいるんですけれど、僕らの習性といいますか、つい自分に当てはまる役はないだろうかと思いながら読み進めてしまうんです。

宮下 そういうものなんですね。

三浦 作者の宮下さんご自身が、板鳥さんの姿を想像できていなかったとおっしゃっていましたけれど、僕も板鳥さんは具体的なイメージが浮かばなかったんです。ある意味、板鳥さんは神様のような存在というか、導いていく存在でしょう。登場場面は多くないけれど、たまにポッと主人公の外村君にヒントらしいことを言って、それが非常に重要だったりする。どこか人間離れしている感じがして、どんな人物が演じたらいいかまったく浮かびませんでした。もちろん自分ではないとずっと思っていましたし、出演のオファーをいただいた時は、「神様の役が来た!」と、本当に驚きました(笑)。

内面や人間性をわざと書かなかった

宮下 三浦さんは神様とおっしゃいましたけれど、板鳥さんの内面や人間性をわざと書かなかったというのは、確かにあるんです。板鳥さんから流れてくるものを、外村君が頑張って漏らさずに吸収していく――技術的にはあまり教えない師匠と弟子というものを、最初から書きたかったので、あえてそれ以外のものは何も書かないようにしていました。そういう意味で、顔が見えにくかったのかもしれません。

三浦 表現する仕事の場合は、師匠と弟子の関係は難しいですよね。小説にお師匠さんはいらっしゃいますか?

宮下 いえ、いませんね。

三浦 僕らも同じで、好きな俳優さんはいるし、尊敬する大先輩もいますけれど、教わったことは一度もないんです。舞台での芝居は基本的な形を教えてくださる方はいると思うんですけれど、お芝居の本質を教えてくれる人というのは、僕の場合ひとりもいませんでした。

宮下 今回、板鳥さんと外村君という役柄の上だけでなく、俳優同士、三浦友和さんから、外村君役の山﨑賢人さんが教わったというか、学ばれたことはすごく多かったんじゃないでしょうか。

三浦 僕らも若い頃はベテランの方々の現場でのあり方を見て、こんな風になってみたいと感じることはありました。でも、それは決して具体的な技術ではないんです。

俳優と小説家の共通点

宮下 こうなりたいという先輩を真似たりということはありましたか?

三浦 真似をして失敗したことはいっぱいあります(笑)。あんな仕草は恰好いいな、とか最初はちょっと思うんですよ。だけど、自分が演(や)るとみっともない。自分が出演しない作品でも、形だけ真似ているのが見えると、ドラマ全体が潰れてしまう。絶対に真似しちゃいけないんだと思いました。

 結局、僕らの仕事は自分の中の抽斗(ひきだし)を引っ張り出す仕事で、そこは小説家の方との共通点でもあると思うんです。悪者もいれば、敵役(かたきやく)もあって、人間の醜い部分もいっぱい出てくる。そういったものが自分の中にまったくなかったら、演じることもできないし、書くこともできないわけですから辛い仕事ですよね。とにかく、たくさんの作品を観て、本を読んで、抽斗を増やす以外に勉強の方法はない。

宮下 そうですね。私が小説を書き始めたのは30代半ばで、ずいぶん大人になってからでしたが、それまで読むのが好きでひたすら読んでいたんです。三浦さんのお話を伺っていると、読んできたものが書くために必要な助走だったんだ、と改めて気づきました。

三浦 高校生の頃に太宰治やヘルマン・ヘッセにはまった時期はありましたけど、僕は20歳で俳優という職業に入るまでは、本にも映画にも演劇にも興味はなかったんです。それが俳優という職業に真面目に向き合った時、やはり出来ることは本を読むこと、沢山の映画やテレビを観ることしかないと思いました。最初は何も分からなかったですけど、だんだん余計なものが見えるようになってきたという感じでしょうか。

宮下 私もできるだけ小説を読んで、映画を観るようにしていますが、それ自体が楽しくて勉強になっているのか怪しいところもあります。でも、本や映画にはものすごいエネルギーが詰まっていて、それに触れるだけでも幸せですよね。

三浦 僕は映画を観る時は、必ずお金を払って観ることにしています。自分が出演していて試写室に行く時は別ですけれどね。映画館に行く行為自体が時間の面でも大変だけど、そういうことをきちんとやって、作品と向かい合いたいんです。もっとも勉強と言いつつ、好きな映画に現実逃避していることもあります。読書に関しても同じで、就寝前に本を読む習慣があるんですけれど、面白い作品に出会うと朝まで止められないから、迷惑なこともあるんですよ(笑)。

宮下 私もそういうことありますね。「明日の朝早く起きて、お弁当をまた作らなければいけないのに」って思いながら、つい止められない(笑)。

一歩間違えたら同じことをしたかもしれない

三浦 書店に行くのも好きで、それこそ本屋大賞や直木賞とか、一般の方が「絶対に面白いよ」というメジャーな作品は必ず手に取ります。でも、平積みしてあるものの中から、その帯やカバーの裏側に書かれたあらすじを読んで、自分に出来る作品かどうかを考えてしまうんですね。だから買ってくる本は、すごく偏ってしまうんです。

宮下 なるほど。三浦さんとしては、たとえばどんな人物を演じたいと思われるんでしょうか?

三浦 たとえば、ニュースやドキュメンタリー番組を見ていて、どうしてこんなことをするんだろうと考えてしまう犯人がいますよね。それがどぎつい役であっても人間として面白いというか、ついつい興味を惹かれます。

宮下 分かるような気がします。私だったらここでギリギリ踏みとどまるだろうけど、一歩、間違えたら同じことをしたかもしれない、と。

三浦 誰でもこういうことを犯す可能性があるんだよ、ということが想像できないと、やはり俳優の仕事はできないと思います。

宮下 人間にはそれぞれの立場があって、事情があって、感情がある。そういうことを小説ではどちらの側からも、描けなくてはならないんですが、きっと演じられる方もそうなんでしょうね。

三浦 勧善懲悪の時代劇の定番のようなものであれば、悪役はただのワルでいいんでしょうけれど、現代もので人間ドラマを描く時は、それだけじゃつまらない。たとえ悪人だったとしても、そこに至る過程がきちんと書かれているものを、僕は面白いと感じるんです。

宮下 『羊と鋼の森』では、たとえば主人公の外村君に対して、「こんなに純粋な青年は現実にはいないだろう」と言われることもあります。でも外村君がすべて純粋かといえば、決してそんなことはないと思うし、調律という仕事に出会っていなかったらどうなったか――たまたま小説ではすごい情熱がある部分を切り取っているだけで、この後はまた違った面が育っていく可能性だっていっぱいあると思います。

作品から音が聴こえた

 ただ、三浦さんがそんな風に背景を重視して演じていらっしゃるなら、あえて触れずにおいた板鳥さんが板鳥さんになるまでみたいな裏話も書いておけばよかったかもしれませんね(笑)。

三浦 書いていただければ登場シーンがもっと増えていたかもしれないので、それは残念ですけど(笑)。僕が『羊と鋼の森』を読み終えた時、いちばん感じたのは「ピアノの音が聴こえる」ということでした。読者が勝手に想像する音で、具体的な言葉では言えないですけど、小説の中からいろんな音が聴こえてくるのが印象的でした。

宮下 音を描写するのはすごく楽しくて、だからこそ書きすぎないようにというのを考えて、後から削ることもありました。書く方にとっては物語を進ませなくてはいけないという気持がどうしてもある。描写だけだと飽きられてしまうんじゃないかという恐怖感があるんです。でも、本当は音をずっと書いていたいくらいなので、その感想は非常にうれしいですね。

グランドピアノがこんなに簡単に分解できると初めて知った

三浦 調律はどこかで学ばれたんですか?

宮下 いえいえ。下手ですけど自分がピアノを弾くので、毎年、調律師さんには来ていただいています。ただ、知識がなくて、この小説を書きたいと思ってから、本や映像で猛勉強しました。三浦さんこそ、映画で調律する場面をどうやってこなされたんですか?

三浦 もちろんプロの調律師さんに手取り足取り指導を受けました。グランドピアノがこんなに簡単に分解できることを、初めて知って驚きました。

宮下 でも、私がロケの現場に行った時、映画の中でベートーヴェンの「熱情」が弾かれるシーンだったのですが、三浦さんも同じ曲を弾きこなせるんだと伺いましたよ。

三浦 それは冗談ですよ(笑)、バイエルもやったことがないくらいだし、音楽でそんなに才能があったらミュージシャンの道に進んでいました。もともとそっちの道に憧れていたタイプですから。

主人公の成長物語として

宮下 私は現場って殺伐として、怒鳴り声がとびかっているんじゃないかと思っていたんです。実際はそんなことはなくて。監督も色々と気を配る方で、いい雰囲気の中、それぞれの俳優さんのいちばんいいところを引き出そうとしている気がしました。

三浦 橋本光二郎監督は、まだ40代と若い方ですが、芝居への指示も的確で、現場の雰囲気づくりもうまい。特に賢人君に対しては本当にきめ細かい演出をしていましたよね。カメラの撮り方もカメラを一台ドンと構えてワンカットずつ撮っていくスタイルで、僕がデビューした当時、日本映画の黄金期を支えた流れを受け継ぐ皆さんは、ほとんどが同じ撮り方をされていました。ところが、今は完全にハリウッド形式の撮り方で、複数のカメラでたくさんの材料を一気に集めて、後から編集をするから、ものすごく現場が忙しい。でも今回は「昔ながらの」といっては陳腐な気がしますが、懐かしい、落ち着いた感じでいい現場でした。

 監督に「この若さでこんな風に出来るんだ!」と、現場で驚かされたことは、ほかにもあって、たとえば、オープニングの場面の体育館で板鳥のピアノを外村君が聴くシーン、後ろにいろんな森の影が出来ているのは全部、アナログなんですよ。ものすごい大仕掛けで、林の張りぼてのようなものをいっぱい並べて、リハーサルを何度もして、NGも何回も出して、本番も何度も繰り返して、ようやくタイミングが合った時にOKとなりました。CGで簡単に合成できる時代に、こんなことをやる監督も珍しいですよ。

宮下 そんなすごい演出をされていたんですね。

三浦 やはり主人公の若者が、体育館で聴いた音をきっかけに調律師になることを決意する大事な場面ですから、監督の想いが詰まっていると思います。外村君がそこから挫折し、悩み、諦めそうになることもありながら、また前へ進もうとする再生の物語は、青春そのものなんですけれど、恋愛の要素があんまり入っていないんですよね。僕はそこも好ましかったです。

宮下 ありがとうございます。原作に忠実にしていただきましたが、映画を盛り上げるためには、もしかしたら外村君と双子のピアニスト姉妹のどちらかを、いい雰囲気にさせたりすることもあるんじゃないかと思っていたんです。

三浦 姉妹の年齢をもう少し上げて、主人公との間に恋愛感情が芽生えて物語が進行していくパターンはたぶん多いですし、ある意味ありがちですよね。でも、そうならなかったからこそ、最後まで青年の成長物語になったんですよ。

宮下 映画はまた小説と違うと思うので、恋愛に発展しても仕方なかったんです。そうではない違う部分を膨らませていただき、私にとってそこは幸せなことだし、さらに信頼できる映画だと思うことができました。

役は作らないし、作れない

三浦 僕はこれまでずっと俳優をやってきて、誤解をされるかもしれませんけれど、役は作らないし、作れないんです。衣装とメイクとセット、あとは脚本の中に僕が演じる人物のことはしっかり書かれている。今回、『羊と鋼の森』の脚本をいただいて、最後まで読みながら自分が出てくるところを想像して、「きっと基本的にすごく優しい人だけど、厳しいところもあるんだろう」と感じました。すごい単純ですが、これは確かに自分の中にもあるかもしれない――引っかかるところはたった一個だけでいいんです。お話が来た時に、全然、自分に引っかかるところがなかったら、それはお断りするしかない。極端に言えば役は周りが作ってくれているもので、自分で作っては駄目だということでしょうか。

宮下 小説を書いていても、人物を書く時に、「ここにこういう人がいたら面白いだろうな」ってキャラクターを作ってしまうと、絶対に駄目なんです。その人物だけ浮いてしまうし、最後まで成長しない。自然にそこにいる人を描いて、しかも環境や人間関係の中で変わっていくということでないと、自分が書く意味がないような気がするんです。

三浦 小説も映画も表現するって、実は構成からして作為の固まりですもんね。最近、僕らはお客さまに「うまい」と言われてしまったら、そこで終わりだと思っています。たとえば国立美術館でもルーヴル美術館でも大英博物館でも、そこで観ている人たちは「この絵はうまいね」とは言わないでしょう。言葉に出来ないなりに圧倒されて、「何だかすごかったよ」っていうのが心底からの反応なわけで、お客さまに「うまいね」って言われた時には、役者は反省するしかない。

宮下 どんな風に言われるとうれしいものですか?

三浦 面白い作品だったと言われることがいちばんで、個人的なことでいえば「なんかよかったよね、あの役」とか「魅力的だったね」という感じでしょうか。

宮下 そうか! でも、私はまだ「うまい」と言われたい段階です(笑)。

最後にひとつだけ、三浦さんにお願いがあるんです

三浦 原作者の方に、映画を観た後の感想を尋ねると、仕方なく「よかったです」と答えられることが結構あるんですけど……。

宮下 まったくお世辞でも社交辞令でも何でもなく、本当に素晴らしい、いい映画にしていただきました。こんなことってあるんだ、っていうくらい幸せな体験でした。今日は、最後にひとつだけ、三浦さんにお願いがあるんです。

三浦 何でしょうか?

宮下 握手してください。

三浦 もちろんですよ(笑)。

三浦友和(みうら・ともかず)/1952年山梨県生まれ。主な映画出演作に『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『64』『葛城事件』『DESTINY 鎌倉ものがたり』など多数。

宮下奈都(みやした・なつ)/1967年福井県生まれ。2004年「静かな雨」が文學界新人賞佳作でデビュー。『スコーレNo.4』『誰かが足りない』『つぼみ』など著書多数。

三浦友和 スタイリスト:藤井享子(banana)/ヘアメイク:及川久美(六本木美容室)

INFORMATION

『羊(ひつじ)と鋼(はがね)の森(もり)』
 6月8日(金)より全国東宝系にて公開
  http://hitsuji-hagane-movie.com

スタッフ
原作:宮下奈都『羊と鋼の森』(文春文庫刊)
監督:橋本光二郎 脚本:金子ありさ 音楽:世武裕子
製作:「羊と鋼の森」製作委員会

キャスト
山﨑賢人
鈴木亮平 上白石萌音 上白石萌歌 
堀内敬子 仲里依紗 城田 優 森永悠希 佐野勇斗
光石 研 吉行和子/三浦友和

(「オール讀物」編集部)

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