2018/04/09 16:00

「ペニバンを着けたら、自分になれた」――女という性を壊したかった「私」の衝動とは?

 若い男性に、「命がログオフする」ほど腹を殴られて「恋に落ちた」――。

 連載1話目から、衝撃的な描き出しで話題となり、またたくまにフォロワーを増やしたコミックエッセイ『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』(新潮社)。

 23歳の処女でありながら、暴力を受けることでしか興奮できないという著者・ペス山ポピーさんが描くのは、「誰からも理解されない」被虐趣味に対し、正面から向き合っていく自分と、そんな自分の性別が“女性”であることを受け入れられず、女性という肉体を「破壊」したい衝動に駆られる著者のもとに訪れた、恋について。

「きっと中々 誰もわかってくれないだろうな」と諦めかけていた著者が“奇跡”と語る出来事、それに至るまでの経緯と心情、取り巻く環境はどんなものだったのか。4月9日の単行本1巻発売を踏まえ、作中では語られなかった背景を、著者本人にうかがった。

――ご自身でも描かれている通り、ペス山さんは“個性が渋滞”していらっしゃいますよね。ひとつひとつ紐解いていけたらと思います。まず、ご自身の性について違和感を覚えたのは、いつ頃でしたか?

ペス山ポピー(以下、ペス山) 3~4歳くらいですね。変わっていて周囲から浮きやすい子どもでした。「マイペース」「我が道を行く」といった言葉をポジティブに、ときにネガティブに通知表に書かれていて。自分でも、周囲との馴染めなさを感じることが多かったです。

――小学生くらいになると、女子はグループ作りが主流になりますが、そういった輪に入るような子どもではなかった?

ペス山 そうですね。それでも小学校の1、2年生までは、一緒に遊ぶ女子に頑張って合わせていて、おままごとに参加したりしていました。だけど、やりたがる役は“お父さん”。美少女戦士ごっこをやるときも、どうしても美少女戦士役はできませんでした。だから、「敵やるから倒して」と、率先して敵役になっていました。それが図らずも、“女の子になれない+マゾヒスティック”な自分に合っていましたね。実際、「おのれ~!」なんて言いながら倒される感じがちょっと良かったりして(笑)。でも、やっぱりうまくいかなくて、女子グループにいじめられたこともありました。

――どんないじめですか?

ペス山 こそこそと陰口をたたかれたり、下校中に途中で仲間はずれにされたり、遊んでいる途中で「帰って」とか言われたり、まあ定番ないじめですが。「ああ、苦痛だなあ」みたいな。

 いじめの経験を「苦痛」と語りながらも、どこか余裕のある表情で回顧するペス山氏。しかし、そうしたいじめよりもペス山氏が「傷ついた」と作中に描く、こんなエピソードがある。小4のとき、男子と口喧嘩をしていると、クラスメイトの女子が現れ、こう言い放ったのだ。「やめなよ! ポピーちゃんだって女の子なんだよ!?」自分は“女の子”なのか? そうなのか……? 釈然としない感情が、涙となって溢れた。

――「女の子」に、そこまで強い違和感を覚えていたんですね。そんなふうに善意で「女の子」扱いされることについて、悔しかったんでしょうか。

ペス山 そうですね。このときの言葉は強く印象に残っています。かばってもらったのにつらくて泣いている。でも周りは、かばわれて嬉しくて泣いていると思うから、なおつらい。「違う! 私は嬉しいんじゃないんだ! 悔しいんだ!」と。

――だけど、当時は言葉にできなかった。

ペス山 それでも「わたし、“女子”に属するの、キツイなあ」って、当時からなんとなく、意識としてはわかっていたんですよね。たとえばテレビCMの女性は、“女性の完成形”が映し出されているじゃないですか。「わたしもこうなるの!?」と思うと、「イヤだ! なりたくない!」と拒絶の気持ちが生まれる。むしろ、サラリーマンになりたいと思っていました。自分の中での自然な将来の姿が、男性なんです。人生がものすごくうまくいったらロックスターになりたかったですが、さすがにそれは難しいかもしれない。せめてサラリーマンにはなれたらいいな、という感じで。“女性”になるという想像はできませんでした。

 そうした思いが確立したのは、のちにペス山氏が出会い系で募ったM男に対し、ペニバンでアナルを掘ったときだった。事後、ペニバンを装着した自身の姿を見て、「私、これ、めっちゃ似合ってるな!!」と爽やかにひらめいた。そして、「私の性自認は、ほとんど男性なのだと思う」と、思い至っている。

ペス山 たとえば、路上でイケメンを見ると「わたしはなぜ、こんなふうに生まれなかったんだろう」と嫉妬しますけど、きれいな女性を見ても、「きれいだと、生きるのが大変だろうなあ」と思ってしまうだけなんです。極度に「“女性”としてしか扱われない」、つまり「人間として扱われないのでは」と。ならば、そんな人生はキツイのではないか、と。反面、おばあちゃんにはなりたいです。性別から解放されていると感じるから。

――“女性”という性別そのものに、怖さを感じていたんですね。進学すると制服でスカートを着用しなければいけなくなります、どうしていたんですか?

ペス山 スカート着用に対してというよりも、小6までは男女混ざり合って遊んでいたのに、中学校で制服になった途端、男女が分かれるのがキツかったですね。制服によって“分断”された、という感覚で、悲しかったです。だからわたしは、スカートを長くしたり、下に体育ズボンを履いたりしていました。それで、スカートの留めが甘くてズルっと落ちて笑われて、「タカラジェンヌみたいで面白いでしょう?」なんてふざけたリアクションをとったり。

――わざと道化を演じるような、“面白キャラ”だったんでしょうか。

ペス山 そうですね。それには背景がありまして。小5のときが一番大変だったのですが、友達がいない上に先生が「キツかった」んです。

――「キツかった」とは、どういうふうにですか?

ペス山 先生が作曲して、みんなが作詞した「笑顔の5年B組~♪」みたいな内容のオリジナル“クラス歌”を歌わされました。さらに、先生がみんなの呼び方を決めるんです。「あなたはルミルミ。あなたはマナっち。名字で呼び捨てすることは許しません」と。わたしは性別から逃げるために名字の呼び捨てを好んでいて、友達にも「なるべく名字で呼んでほしい」とお願いしていました。“名字呼び”で過ごしていた時期は、心地よかったんですが、下の名前で呼ばれるようになってしまって、精神的な自由がどんどんなくなっていくんですよ。……さらに追い詰められた理由は、その当時“トレジャーシステム”というのがありまして。

――なんですか、それ!?


ペス山 “トレジャーシステム”は、クラスで良いことをした子がいたら、「◯◯くんがこんなことをした」と先生に報告するシステムなんですが、それが悪いことにも適用されて、“通報”されるんです。わたしは友達がいないことが原因で、「この中に友達がいない人がいます! 手をあげなさい!」と、先生に吊るし上げられました。自分もみんなも、わたしに友達がいないことを知っているから、チラチラと見てくるんですよね。「すいません、友達、いないです……」と手を上げざるを得なくて。それで立たされた上「みなさん! この人には友達がいません! 仲良くしてあげてください」と……。なんだこの私刑は、と感じました。

――すごい体験をされましたね。

ペス山 その時期は全てがトラウマで、自分の中でも「わたしは友達がいない」という印象が強いです。だけど今はなんだかんだ、4人の友達に恵まれていますから、結構“逃げどころ”がある人生だと考えてはいますけどね。

――「友達がいない=悪」と刷り込まれてしまったんですね。それが、中学校の“面白キャラ”とつながっていくんですか?

ペス山 そうなんです。小6になって、無理に性格を変えました。スポ根漫画のように、バラエティ番組をずっと見て、明石家さんまさんや土田晃之さんみたいになりたくて、話し方や返し方を真似するようにしました。「こう話せば人気が出る!」と思って。それで実践して、最初はうまくいかないけど、小学生でそんな勉強する人なんていないじゃないですか。だからちょっとずつは、当社比としては面白くはなっていくんですよ(笑)。それが功を奏して、友達がいない状態から抜け出すことができました。躁的な、ピエロ的な明るさを身につけて、でも無理矢理だから痛々しいんですよね。「おまえ、ずっと演技しているみたいだよな」と見抜いて去っていく人もいました。それでも結局は限界が来てしまい、中学の後半では暗い性格に戻りましたが。

話を伺うほど、ひたすらストイックに自分を“追い詰める”エピソードばかりが出てくるペス山さん。「私は 私の手で 自分を投獄する」と作中で綴るように、繰り返し出てくる“牢獄”のイメージは、そのまま心の中の描写なのだろう。そんな、自身を律する気持ちが人一倍強いペス山さんが「わたし、ヤバくない?」と自覚しつつも止められなかった“性衝動”とは、どのようなものだったのか。

(後編に続く・4月10日公開予定)

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