2018/08/22 11:00

脚本家、野島伸司が「高嶺の花」でタブーに挑む理由

『高嶺の花』(日本テレビ系)
毎週水曜よる10時放送

文=木俣冬/Avanti Press

名曲「ラブ・ミー・テンダー」に彩られた、一見ロマンティックな恋物語「高嶺の花」(日本テレビ系)。才色兼備な華道の家元の長女、月島もも(石原さとみ)と、長年介護をしてきた母を亡くし、天涯孤独な市井の男ぷーさんこと風間直人(峯田和伸)。身分を超えた二人の恋には障害がいっぱいだ。

そもそも、ももには結婚届まで出した婚約者、吉池(三浦貴大)がいたが、彼とほかの女性との間に子どもができたため破談。すっかり精神的に参ってしまった最悪なときに、ぷーさんに出会い、その優しさに癒やされて急速接近。いろいろありつつも、6話(8月15日放送)で入籍、結婚式が行われる。

だがそれも6話が終わらないうちにあえなく破談。ももは名作『卒業』(1967年)まんまに、迎えに来た吉池に手を引かれ、式場から去っていく。

峯田和伸(ぷーさん)、かわいそ過ぎる! なんでこんなことに!

精神崩壊レベルに積み重ねられる陰謀

すべては華道の家元(小日向文世)の、後継者選びの陰謀に起因する。

ももは華道の名門、月島家の長女で、家元は彼女をただ後継者にするだけでは足りず、精神的に特別な域に達するよう画策していた。それが長く続く伝統と芸術の求道者たる者の宿命だと。

吉池に他の女を近づけたのは家元で、破局の末、心のスキマを埋めるためにほかの男(ぷーさん)を最大限に利用し、それによって、ももが精神的飛翔を遂げることを計画していた。

ぷーさんはとても頭のいい設定なので、ももに関するいろいろな事情をすぐに理解する。この計画も“罪悪感を背負うことでスーパーな華道家になるためのもの”と達観。そんな彼を「自己犠牲に酔っているように感じちゃう」とももの妹なな(芳根京子)は懐疑的だ。

『高嶺の花』(日本テレビ系)
毎週水曜よる10時放送

ぷーさんは、ももの“罪悪感でスーパーな華道家”計画の仕上げに、最高に哀しい顔ではなく、微笑んでみせる。それが逆に鮮烈で、ももの心をざわつかせる。

ドラマには、さらなる陰謀が仕掛けられていた。

お家のためとここまで振り回されているももは、じつは家元の本当の子ではなく、次女ななが家元になるための「かませ犬」にされていることも明かされる。

かわいそうなのはぷーさんより、ももである。すべてがわかったら精神崩壊してもおかしくない。すでにももはなかなか作品ができないこともあって追い込まれている。

陰謀に組み合わされる背徳的要素

脚本家、野島伸司は、この物語にこれでもかと背徳的な要素を盛っていく。

家と芸を守ることに狂気に近い執着を見せる家元。その妻とお抱え運転手(升毅)の不倫によって生まれた娘もも。その娘の婚約者、吉池にほかの女との子どもができて破談(しかも家元の陰謀によるもの)。家元の後妻(戸田菜穂)と年下の青年華道家、宇都宮(千葉雄大)との不倫。その青年は次女なな(主人公の異母妹)を恋人にし、月島乗っ取りを計画中。

サブエピソードとして、自転車で旅するひきこもりの14歳の少年、宗太(舘秀々輝)の物語もあって、その少年も、家にいたら親を殺しかねないストレスを抱えていたことが描かれる。彼を救う男イルカこと坂東(博多華丸)は脳腫瘍で余命わずか。ありし日の昼のメロドラマのような、ゴシップ雑誌の人気記事のような設定が、博物館のように並ぶ。

とりわけ、宇都宮の存在が毒々しい。若い肉体を見せつけるようにして人妻熟女を操り、好青年の皮をかぶって純情なななを誘惑する。NHK連続テレビ小説「わろてんか」で、ヒロインの真面目で優秀な兄を演じた千葉雄大が、一転して危険な香りをまとった男を演じている。かわいいギズモがグレムリンに変身したときの驚きにも似るが、小型犬のようなかわいらしいルックスと、内面の毒のギャップが魅力的だ。

攻め続けてきた野島の脚本の変遷

ひと昔前は、こういう三角関係、不倫、異母きょうだいなどに端を発する、どろどろエピソードが描かれるドラマも多かった。“ストーカー”という言葉をタイトルに織り込んだドラマもあったし、主人公が風俗の仕事をしているドラマもあった。「高嶺の花」の脚本家、野島伸司はそういう背徳感の強いドラマの旗手として人気を博し、教師と生徒の恋を描いた「高校教師」(TBS系、1993年)、生徒間のいじめを描いた「人間・失格~たとえば僕が死んだら」(TBS系、1994年)などで大きな話題を呼んだ。

なんといっても印象的なのは、「ひとつ屋根の下」(CX系、1993年)。両親のいない貧しい家庭で、肩寄せあって生きているきょうだいを描いたドラマで、そのひとりは車椅子生活。ハンディに苦しむ彼のエピソードもシビアであったが、突如、レイプ被害に遭う次女のショッキングなエピソードは、月曜9時を震撼とさせた。それら辛い出来事に「そこに愛はあるのかい」を合言葉に、江口洋介演じる長兄が立ち向かっていく物語が支持された。

そんな時代もあ~ったねと♪ と中島みゆきを口ずさみたくなるが、近年は企業のコンプライアンスやBPO(放送倫理・番組向上機構)の基準が厳しくなり、ドラマで描けることが限られてきている。

喫煙シーンもずいぶん減った。90年代でも野島の書くドラマの要素は、手放しで赦されていたわけではない。しかし彼は、赦されるぎりぎりを常に攻めていた。

時代の流れには抗えなくなったか、2010年代に入ると配信にフィールドを移し、若い女性が年上の男性に経済的援助を受ける生き方を取り上げた「パパ活」(dTV×FOD、2017年)や、セックス依存症の女性とその夫の愛を描いた「雨が降ると君は優しい」(Hulu、2017年)など、今日的な問題でありながら、なかなか表立って語れないことをモチーフにして脚本を描き続けてきた。

タブーを描くほど、浮き上がるのは?

ひさしぶりの地上波、プライムタイムのドラマとなる「高嶺の花」にも、コンプライアンスに配慮しつつ、前述のように、ややポップになった毒を盛り込んでいる。口当たりの良いお菓子や清涼飲料水も、摂取しすぎれば体に悪い、といった感じだろうか。

イメージ

とはいえ、野島は決して、大衆を呼び込むためだけにタブーを描く愉快犯などではない。彼がタブーを描けば描くほど、清らかな人物像が強く浮き上がってくる。「悔い改めた死刑囚は殺人をしたとは思えないような澄んだ瞳になるらしい」と、「高嶺の花」6話で宇都宮はななに語っていた。

どんなことがあっても最後まで愛し抜く、ぷーさんという男の純愛――映画『泥だらけの純情』(1977年。吉池を演じる三浦貴大の両親、山口百恵と三浦友和の代表作。ついでにいえば山口百恵は石原さとみの所属するホリプロの先輩)のような物語なのだろう、きっと。

ぷーさんを演じる峯田和伸は、青春の傷をたくさん叫び歌ってきたミュージシャン。この役にふさわしい。彼のイメージは、傷つけられればられるほど、立ち上がって強くなっていく人。タブー総動員で立ち向かうべき相手なのだと思う。

一方の石原さとみも、どんなにやけになっても汚れきらない清らかさを持つ俳優。峯田と石原のコンビは、泥の中に咲く蓮の花の清らかさを体現するにふさわしい。

純愛とは、タブーがあるからこそ成立する。このままタブーが描かれなくなると、純愛ももろとも消えてしまうという危機感から、作家、俳優、最強の布陣を敷いて戦いを挑む。この世の純愛を守ろうとする「高嶺の花」の行方を見守りたい。

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