2018/08/25 07:00

伝説のテニス対決に見る「全身白ルール」の変遷

映画『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』2018年8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開(C)AB Svensk Filmindustri 2017

1970年代~1980年代のテニス界を牽引した2人、ビヨン・ボルグとジョン・マッケンロー。この2人がたどった1980年のウィンブルドン決勝戦までの道のりと、激闘の裏舞台を描いた感動作『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』が、8月31日(金)に公開されます。

撮影の5ヶ月前からテニスと肉体改造のトレーニングを行ったスベリル・グドナソンと、食事を菜食にして大幅の減量に成功したシャイア・ラブーフ。ボルグとマッケンロー実物そっくりに演じた彼らの神演技と1980年代のテニスファッションも大きな見所の本作。今回は、テニス界におけるファッションの変遷を見てみましょう。

「全身白」ルールの発祥

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 テニス白

(C)AB Svensk Filmindustri 2017

毎年のように選手が「全身白」の服装規定に違反してしまうウィンブルドン選手権。今年は、オーストラリアのジョン・ミルマン選手がミロシュ・ラオニッチ戦で下着の色を警告され、父親が白の下着を買いに走ったことが話題になりました。2013年にはロジャー・フェデラーのオレンジソールのスニーカーが、2017年はビーナス・ウィリアムズのピンクのブラが問題になったことがあります。

現在、全身白を服装規定にしているグランドスラム(国際テニス連盟が定めた4大大会。全豪オープン、全米オープン、全仏オープン、全英のウィンブルドン選手権)はウィンブルドンだけですが、以前は他の大会でも全身白が基本でした。これにはテニスの歴史に理由があるのだとか。

1874年に発明されたテニスの原型であるローンテニスは、イギリスの貴族階級を中心に広がり、1877年には公式ルールが設定されてウィンブルドンでトーナメントが開催されました。その後、1900年には初のデビスカップが開かれ、上流階級がカントリークラブで嗜むスポーツとして発展しました。このときに、汗ジミが目立たぬ白い色のテニスウェアが上品である、“白”がテニスの“純粋性”を象徴するという認識がクラブで定着していたため、全身白ルールが公式大会の規則になったと言われています。本作にも見られるように昔はテニスボールでさえ白だったのです。

グランドスラムのオープン化が“色”を解禁した

男女テニス選手の賃金格差に抗議して女子テニス協会を立ち上げた、全米女子チャンピオンのビリー・ジーン・キングと元男子世界チャンピオンのボビー・リッグスによる1973年の“性差を超えた戦い”を描いた『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2018年)。この映画に登場するファッションデザイナーのテッド・ティンリングが、作中、こう言うシーンがあります。

「I gave you, for the first time in the history of tennis, “color”!(テニス史上初めて、“色”を私が与えます!)」

実はこの発言より以前の1966年には、イタリアの元チャンピオンだったセルジオ・タッキーニが、自身のブランドから有色のテニスウェアを打ち出しています。その後、かつてアマチュア大会として開催されていたグランドスラムが、1968年にプロ選手の出場を解禁してオープン化されたことをきっかけに、1972年には全米オープンテニスがカラフルなテニスウェアを解禁。ほどなく、ウィンブルドン以外のグランドスラムにおいても、全身白ルールはなくなりました。

この頃に普及し始めたカラーテレビの影響も、色のテニスウェアが流行した一因。なぜなら、テレビに映るスタイリッシュでカラフルなウェアをとおして、テニス選手の個性が注目されるようになったから。その結果、プロテニス選手に自社の製品を提供する企業が増え、テニス界にビジネスが参入し始めたのです。

昔はゆるかった「全身白ルール」

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 テニスウェア歴史

(C)AB Svensk Filmindustri 2017

“史上最高のテニスプレーヤー”と呼ばれるフェデラーは、ウィンブルドンの全身白ルールをゆるめてはどうかと発言したことがあります。この時、過去にボルグやマッケンローが赤のジャージでウィンブルドンに登場したことを例にあげました。(※1)

実際に、1980年のボルグvsマッケンローのウィンブルドン決勝戦シーンでは、2人が赤のジャージで入場し、赤ジャージの下にはストライプが入ったウェアを着ています。

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 グランドスラムルール

(C)AB Svensk Filmindustri 2017

ウィンブルドン公式サイトによると、ストライプは、首周りや袖周り、キャップ、ソックス、ヘッドバンドやリストバンドなどの縁取り1cm以内、1色のみ許されているとか。(※2)どう見ても、1980年のボルグとマッケンローは、現在の全身白ルールに反しているように見えますが……。

近年ますます厳格化している全身白ルールは、“最古の歴史を誇るウィンブルドンだからこそ、伝統を逸脱するのを許さない”という主催側の強固な姿勢が原因だそう。(※3)

ボルグとマッケンローが変えたスポーツブランド

1980年当時、ボルグはフィラ、マッケンンローはセルジオ・タッキーニというイタリアのスポーツブランドと契約していました。スポーツブランドが世界チャンピオンを広告塔に使うのは、ボルグの時代から活発になったと考えられています。

当初はチャンピオンの“スター性”を重視していました。しかし、ボルグが20才の若さでウィンブルドンで初優勝し、4連覇を達成する(本作では5連覇をかけた決戦が描かれます)頃には、消費者は選手の実力からスポーツウェアの“機能性”を見るようになったのだとか。そして、スポーツブランドは機能性も訴求し始めるようになり、機能競争がこの時期から激化しました。

同時に、テニス選手のパーソナリティもブランドのイメージ戦略に非常に重要でした。ハリウッドスターのようなルックスで冷静沈着なボルグは、フィラの上品で洗練されたイメージ作りを助け、一方、すぐに感情を爆発させるやんちゃなマッケンローは、セルジオ・タッキーニにエッジィで革新的なブランドイメージを与えて若年層の消費者にアピールしました。(※4)

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 あらすじ

(C)AB Svensk Filmindustri 2017

「氷の男」ボルグと「炎の男」マッケンロー。外見、性格、プレーにおいて正反対と言われる伝説のテニス選手2人には実は似ているところがたくさんありました。振る舞いは対照的でも、共鳴し合うボルグとマッケンローの魂――。死闘の裏側で2人に起こる“心の変化”にも注目してほしい感動作です。

(文・此花さくや)

【参考】
※1…Wimbledon 'all-white' clothing rule is too strict: Federer - REUTER
https://www.reuters.com/article/us-tennis-wimbledon-whites-idUSKCN0PC2ER20150702
※2…WIMBLEDON公式サイト
https://www.wimbledon.com/en_GB/aboutwimbledon/clothing_and_equipment.html
※3…Why Wimbledon Players Have to Wear All White - TIME
http://time.com/5323876/wimbledon-2018-dress-code/
※4…DIANE ELISABETH POIRIER著『TENNIS FASHION』

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