2018/09/16 11:00

娯楽映画の巨匠、ロバート・アルドリッチ作品の深さ!

文=鬼塚大輔/Avanti Press

一作の映画、または一人の監督を核に、過去未来、ジャンルを超えて(思いがけない)映画の系譜を紹介する「#シネマ相関図」シリーズ! 第二回目は、ニューシネマの旗手でもあった娯楽映画の巨匠、ロバート・アルドリッチをピックアップ。

様々な娯楽映画を手がけ、映画史に大きな影響!?

ロバート・アルドリッチ(1918年-1983年)という監督名には、“男性派の”とか、“アクションの”と冠が付けられることが多い。だが、1941年にRKOに入社したのち、意外にも助監督としてついたのは、喜劇王チャーリー・チャップリンや『ピクニック』(1936年)、『大いなる幻影 』(1937年)の巨匠ジャン・ルノワール、赤狩りでアメリカを追われた反骨の巨匠ジョゼフ・ロージーなど(アルドリッチは、チャップリンを「世界最高の俳優だが、演出の仕方は知らんね」とオソロシイことを言っている)。

ロバート・アルドリッチ監督
Images courtesy of Park Circus/Warner Bros.

だがアルドリッチのフィルモグラフィーを概観すれば、彼がいかに多様なジャンルの作品を作り、その後の映画史に大きな影響を与えたかがわかる。この意味では、やはり助監督として付いたことのある、スペクタクルから女性映画までを得意とした、第一回アカデミー賞作品賞(『つばさ』)受賞監督、ウィリアム・A・ウェルマンに近いかもしれない。

その影響はヨーロッパへと飛び火

その影響はハリウッド内部にとどまらない。

“マカロニ・ウエスタン(英語圏では一般的にスパゲティ・ウエスタン)”の生みの親であるイタリアのセルジオ・レオーネは、アルドリッチの西部劇『アパッチ』(1954年)、『ガン・ファイター』(1961年)などに心酔していたので、ローマ史劇『ロード島の要塞』(1961年)で念願の監督デビューを果たした後であっても、自らのキャリアを一歩後退させて、第二班監督としてアルドリッチの史劇『ソドムとゴモラ』(1962年)に参加した。

レオーネは後に、『ソドムとゴモラ』のアクション・シーンの演出から、自分の作品に登場する「アイデアの骨格を手に入れた」と語っている。

レオーネの『荒野の用心棒』(1964年)が黒澤明の『用心棒』(61)の翻案であることはよく知られているが、『夕陽のガンマン』(1965年)の“名無しの男”クリント・イーストウッドと“大佐”リー・ヴァン・クリーフの、時に敵、時に味方という複雑な関係性も、アルドリッチの『ヴェラクルス』(1954年)のゲイリー・クーパーとバート・ランカスターがベースになっていることは明白である。

実は『荒野の用心棒』の主演依頼を断ったチャールズ・ブロンソンが、同作の世界的成功を見たこと、またシナリオが気に入ったこともあって、『夕陽のガンマン』で“大佐”を演じることに同意していたのだが、アルドリッチの『特攻大作戦』(1967年)に出演する契約を結んでいたため、断念せねばならなくなったのである。

レオーネが、念願のブロンソンを主演に迎えた『ウエスタン』(1968年)は、『ガン・ファイター』の影響を受けており、また『ウエスタン』のシナリオに参加したベルナルド・ベルトルッチも、後に不条理政治劇『暗殺のオペラ』(1970年)の一場面で『ガン・ファイター』を引用(映画館にポスターを貼るなど)していることを、レオーネの伝記を書いたクリストファー・フレイリングは指摘している。

ベトナム戦争を描いた『特攻大作戦』撮影秘話

“ニュー・シネマ”誕生の一因となった外国映画の一本として挙げられることが多い『荒野の用心棒』。当時のハリウッドは、思想や宗教、性的表現などに対する、外部の干渉を自衛するために設けた業界ルール、プロダクション・コードに縛られ、直裁的な暴力描写はできなかった。そんなハリウッドの大手スタジオでプロとして仕事をしながら、ぎりぎりのところでの挑戦を続けた作家アルドリッチは、アメリカ映画に刺激を与え、“ニュー・シネマ”の誕生を導いた監督として、いまその作品を観る必要があるだろう。

ベトナム戦争のさなかに作られた『特攻大作戦』は、犯罪者ばかりで形成される特攻部隊の物語である。製作当時から問題とされたのは、特攻部隊がフランスの古城に集ったナチスの士官たちを地下のワイン倉に夫人共々閉じ込め、焼夷弾を投げ込んで皆殺しにしてしまうという設定だった。

『特攻大作戦』

抵抗手段を持たない敵と、非戦闘員である妻たちを惨殺するという設定に、これがベトナム戦争のアレゴリー(比喩)であることを感じ取り、激怒したのが、人気スターであったジョン・ウエイン。

ウエインは『特攻大作戦』への出演依頼を拒否した。代わりに愛国ベトナム戦争映画『グリーン・ベレー』(1968年)で監督と主演を兼任し、そのあまりの時代錯誤ぶりを嘲笑されることとなった。

『特攻大作戦』の出演者の一人であるアーネスト・ボーグナインは「(MGMの)ボスだったルイス・B・メイヤーが脚本を読んでいたらアルドリッチをぶん殴ってスタジオから永久に追放していただろう。それでもアルドリッチは戦争の真実を描いたんだ」と語っている。

ロマンティック・コメディの名作『めぐり逢えたら』(1993年)に、この作品がトム・ハンクスら野郎どもを号泣させる映画として登場するのは、ミスマッチの面白さですな。

最高に面白い映画で古きハリウッドを打破!

プロダクション・コード内ぎりぎりで衝撃的な場面を撮り、タブーとされたテーマに挑み、ニュー・シネマ誕生の呼び水となった作品として、しばしばヒッチコックの『サイコ』(1960年)が言及される。

ここでは、その二年後にアルドリッチが発表した『何がジェーンに起こったか?』にも注目しておきたい。

『何がジェーンに起こったか?』

老姉妹の骨肉の争いをブラックユーモアたっぷりに描くこの作品には、『サイコ』のシャワー・シーンに該当するようなショック場面こそないものの(とは言え“ねずみ料理”の登場場面は大きな衝撃を持って迎えられた)、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードというハリウッド黄金時代の二大女優に、醜悪かつショッキングな場面の数々を演じさせることで、古きハリウッドを破壊し、新たな時代を呼ぼうとしたのだ。

そう、アルドリッチは、「ニュー・シネマ」誕生のずっと前から、戦争、ホラー、西部劇などのジャンルの“お約束”を破壊して、“勧善懲悪拒否”、“ハッピー・エンディング拒否”、“主人公はアンチ・ヒーロー“など「ニュー・シネマ」の特徴とされていたものを先取りした“不穏”な作家だったのだ。

誰も正義として描かない

戦争をありのままに描き、結果として反戦映画になってしまうというのは『特攻大作戦』の十年以上前に、軍隊組織の不条理を容赦なく暴く『攻撃』(1956年、主人公はラストで戦車に轢き殺される)ですでにやっている。

『攻撃』
Images courtesy of Park Circus/MGM Studios

その前年には探偵ミステリのジャンルを破壊する怪作『キッスで殺せ!』(1955年)を発表している。

極右として知られるミッキー・スピレーンのベストセラーを原作とするこの作品は、当時アメリカ社会への悪影響を調査していたキーフォーバー委員会によって、1955年度、アメリカ青少年に最も悪い影響を与えた作品に選出されてしまった。この作品の中で描かれる核物質争奪戦においては、敵のみならず、米政府側も、主人公の探偵マイク・ハマー(ラルフ・ミーカー)さえも正義としては描かれない。しかも、ラストでは“パンドラの箱”が開けられ、カタストロフ(破滅)が訪れる。

『キッスで殺せ!』
Images courtesy of Park Circus/MGM Studios

この“パンドラの箱”のシークエンスを『レイダース/失われた聖櫃《アーク》』(1981年)で聖櫃の蓋が開けられるクライマックスと比較すれば、カット割りやカメラ・アングルが酷似していることに気づくはずである。

1946年生まれの映画少年(当時、ある意味今もか)スティーヴン・スピルバーグも『キッスで殺せ!』がトラウマになっているのだろう。これは悪影響とは言えないと思うが。

アクション映画にもスポーツの感覚!

スポーツ映画の決定版(であると同時にスポーツ版『特攻大作戦』)『ロンゲスト・ヤード』(1974年)を監督したのもアルドリッチ。砂漠からの飛行機での脱出劇『飛べ!フェニックス』(1965年)、大恐慌時代を背景に、ただ乗りを繰り返す放浪者と車掌の対決を描く(などと書くと、なんだか長閑だが、実際は凄まじく面白いぞ)『北国の帝王』(1973年)などのアクション映画にもスポーツの感覚が生かされている。

遺作となったのもスポーツ映画、女子プロレスラー・コンビとマネージャーの旅を描く『カリフォルニア・ドールズ』(1981年)。もともと二部作として構想されており、続編の舞台は日本で、アルドリッチは『燃える戦場』(1970年、これもまた第二次大戦を舞台としながら、実際はベトナム戦争を描いた作品として知られている)に出演した高倉健の起用をアルドリッチは熱望していた。

『カリフォルニア・ドールズ』の、米本国での興行は失敗だった。だが、海外ではヒットしたので、アルドリッチが急逝しなければ続編もあり得たかもしれない。観たかったぞ、高倉健主演の『カリフォルニア・ドールズ2』。

【特集記事】PFF(ぴあフィルムフェスティバル)が日本映画にもたらした衝撃

「第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」(9月8日~22日、月曜休館、会場=国立映画アーカイブ)は、自主映画のコンペティションを中心とした映画祭で、新人監督の登竜門として知られる。

『家族ゲーム』(1983年)の故・森田芳光、カンヌ国際映画祭の常連・黒沢清、ハリウッドで新作を準備中の園子温、『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)の犬童一心、『八日目の蟬』(2011年)の成島出、『恋人たち』(2015年)の橋口亮輔、ヴェネチア国際映画祭コンペ部門に初の時代劇『斬、』(2018年11月24日公開)を出品した塚本晋也、2017年のキネマ旬報ベスト・テン1位『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也ら120人以上のプロの映画監督を輩出してきた。PFFが映画界に与えたインパクトとは何か?

今日の運勢

おひつじ座

全体運

気のおけない仲間と過ごすと、いい刺激がありそう。未来を開く...もっと見る >