2018/09/26 07:00

人間的な、あまりに人間的な。大杉漣の全身全霊

(C)「教誨師」members

今年2月に急逝した大杉漣、最後の主演作『教誨師』が10月6日より公開される。

多くの映画を支え、多くの映画人に必要とされ、多くの観客に愛された俳優。それだけについ感傷的な気持ちでスクリーンを見つめてしまうかもしれない。だが、本作が彼にとって最初のプロデュース作品であることを想起するならば、涙は無用だ。この映画における大杉漣の勇姿は、徹頭徹尾「現在進行形」である。大杉漣は大杉漣にしかできないことを、ここでやり遂げている。

相手を受けとめるということ

教誨師(きょうかいし)とは、刑務所や少年院などで、被収容者の希望に応じ、宗教教誨活動を行う宗教家のこと。神の教えを説くことで、罪人が自身の罪に向き合い、新しい生を生きる。そうしたことが目標のひとつだが、孤独を余儀なくされている受刑者たちにとっては、ただの話し相手であることも少なくない。

本作の主人公、佐伯保はプロテスタントの牧師。彼は月に2回拘置所を訪れ、個性豊かな6人の死刑囚たちと面会の時間をもつ。映画は、そのほとんどを佐伯と死刑囚とのやりとりを描写することに費やす。つまりこれは、対話だけを軸にした密室劇だ。

マンツーマン。1対1の言葉と表情の交通。そこに焦点を絞っているからこそ、大杉漣の俳優としての資質も、実に明瞭に立ち現れる。

まず、大杉漣は相手の話を「よく聴く」俳優だ。相対した者の気持ちを受け取ろうとする丁寧な姿勢が、その芝居から感じ取ることができる。自分から語りかけるのではなく、まず相手を受けとめ、自分なりに咀嚼した上で次の能動に移る。

これは教誨師がそういう仕事だから、ということには留まらない。佐伯保という人物がそういうキャラクターだから、ということでは説明がつかない。

(C)「教誨師」members

ひとりの死刑囚の話に耳を傾けている大杉漣の顔つきを、まずは見つめてほしい。ときに慎重な、ときに神妙な、その相貌には、大杉漣ならではの丁重さがある。わたしたちはこの顔を、映画やドラマで何度も見てきたはずだ。

もしかしたら「紳士的」あるいは「包容力豊か」と形容されてしまうのかもしれない。だが、大杉漣の物腰はスタイリッシュだったり、ある強さを保ったものではない。どこか控えめで、もっと言えば自信なさげで、ある弱さを湛えたものである。

だから柔らかいし、わたしたちに、わたしたちと同じ地平にいる同じ人間なのだと思わせてくれる。いい意味で、油断させてくれる。それが俳優、大杉漣である。

言葉を積み重ねるということ

一言も話さない死刑囚。人懐っこいヤクザの組長。たどたどしい語りの老ホームレス。おしゃべりが止まらない関西人女性。生真面目で気弱な男。そして、知的で狡猾な大量殺人犯。

6人の死刑囚たちは、いずれも性格が異なり、コミュニケーションに求めているものもまるで違っている。しかし全員、教誨師である佐伯保に対して、どこか油断している。安心感やリラックスと言い換えていいが、相手に油断させるパーソナリティは、そもそも得難いものだ。油断することができなければ、人は腹を割って、誰かに話はしない。

教誨師 光石研

(C)「教誨師」members

佐伯保は相手を油断させる。だが、その先に悪意はない。相手を利用するために、油断させているわけではない。ある死刑囚は、ここぞとばかりに上から目線で、自説を論じまくる。ある死刑囚は、激昂する。ある死刑囚は、吐露する。すべて、油断から生まれた行為だ。

だが、佐伯保は単なる聞き上手ではない。相手を受けとめた上で、じゃあ自分は何ができるかを己に問い、そうして相手に言葉を差し出すのである。差し出した言葉は空振りに終わることもある。優しさが優しさとして届かない場合もある。だが、彼は愚直に言葉を重ねる。

積み重ね――これも大杉漣の演技から感じられる特色のひとつだ。この俳優はどんな人物を演じても、威嚇がなかった。小さな石ころを積み上げるように、言葉を紡ぐ。虚勢を張る小心者のときも、権力を笠に着た悪党のときも、小さな言葉を小さな言葉として送り届けていた。

(C)「教誨師」members

最終盤、佐伯保は「ある覚悟」の下に、ひとつの言葉を投げかける。その一言に感動するとき、わたしたちは知るはずだ。それが一足飛びに生まれたものではないことを。届いても、届かなくても、積み上げてきたからこそ、それはこぼれ落ちたのだということを。

『教誨師』の大杉漣の顔を見つめ、その声を聴くとき、人間的な、あまりに人間的な表現に、きっと真新しさを感じるはずである。これは、ひとりの俳優を発見するための映画だ。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)

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