2018/09/22 11:00

「ひだ襟の首かせ」をはめた女と「チューリップ」に狂った男

『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』2018年10月6日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー。配給:ファントム・フィルム 提供:ファントム・フィルム、ハピネット(C)2017 TULIP FEVER FILMS LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

世界初の先物取引はチューリップだったという説も!? 17世紀のオランダ・アムステルダムは、ヨーロッパ経済の中心都市。ここには、チューリップ投機で一攫千金を狙う人がたくさんいました。10月6日(土)に公開される映画『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』は、2人の若い男女がチューリップ・フィーバー(チューリップ熱)を背景に繰り広げるミステリアスな愛と人生の物語。

レンブラントやフェルメールの作品をモチーフに創られた、名画のように美しい本作。それでは、この時代の衣装やチューリップ投機から黄金期のオランダ社会と物語をのぞいてみましょう。

黄金期のオランダで平和に暮らす、年の離れた夫婦

両親を亡くし修道院で育った美しいソフィア(アリシア・ヴィキャンデル)は、平和な生活を送っていました。親子のように年の離れた夫コルネリス(クリストフ・ヴァルツ)は「スパイス王」と呼ばれるほど裕福な商人。情熱はないけれど優しく愛してくれる結婚生活に不満はありません。唯一の悩みは跡継ぎができないこと。

一方、ソフィアの家で働く女中のマリア(ホリデイ・グレインジャー)は、若い魚売りの青年との恋愛を楽しんでいるよう。ある日、コルネリスは夫婦の肖像画を若手画家ヤン(デイン・デハーン)に注文します。お互いに惹かれあうソフィアとヤンは、とうとう逢瀬を重ねるようになります……。

チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛 解説

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17世紀はよくオランダの黄金時代だといわれています。スペインから独立し、絶対君主ではなく「レヘント」と呼ばれた都市貴族が支配階級となり、共和政治が行われていました。

主食である穀物はオランダで自給できなかったことから、ドイツ東部やポーランドからバルト海経由で輸入しなければいけませんでした。その結果、貿易業がオランダの重要な産業となり、貿易を支える造船やそれに付随する様々な製造業が栄え、ロンドン、パリに次ぐ国際都市になっていたのです。(※1)

“二重の差別”に縛られていた女性、ソフィア

映画では詳しく説明されていませんが、原作「チューリップ熱」ではソフィアはカトリックで、コルネリスはプロテスタントの改革派。(※2)この時期のオランダでは改革派が大多数を占めており、カトリックの公然な礼拝は禁止されていました。とはいえ、カトリックの隠れ教会は認められており、迫害こそされなかったものの公職につくことはできず、カトリックは“二流市民”として扱われていたのだとか。(※1)

劇中、コルネリスの友人が彼に“ソフィアが妊娠しなかったら修道院へ送り返せ”と言っていたのは、彼女がカトリックだったから。そう言われるとソフィアの夫に対する従順さにも頷けます。女性、そしてカトリックという“二重の差別”にソフィアは縛られていたのです。

富と束縛のシンボル「ひだ襟」

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けれども、ほかのヨーロッパ諸国と比較するとずっと異教徒に寛容だったオランダには、宗教迫害を逃れた移民たちがやって来ました。そのなかには毛織物業や亜麻織物の漂白業の業者や職人も多く、16世紀後半には織物工業が西ヨーロッパ随一の規模となり、オランダはレース編み用の糸、テーブルクロス、ナプキン、「ひだ襟」などの生産で有名に。

ソフィアやコルネリスがまとう「ひだ襟」。首を覆う円盤状の襟を指し、16世紀から17世紀のヨーロッパの富裕層で流行したファッションアイテムです。元々は、襟元が肌の油分で汚れないようにと作られたものですが、お金持ちはその大きさやデザインを競い合っていました。

この時代のオランダでは宗教上、簡素な服装が道徳的によしとされており、都市貴族と一般市民の服装は、一見同じだったものだったそう。(※3)だからこそ、貴族や豪商は「ひだ襟」やレースで富を誇示したのです。

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また、着用すると姿勢をまっすぐに保たなければいけなかったことから、肉体労働に従事する一般市民や下層階級には当然向かず、「ひだ襟」は富のシンボルに。事実、女中のマリアや魚売りの恋人は「ひだ襟」やレースを決してつけてはいません。

注目したいのは、貞淑な妻だったころのソフィアはぴったりとした白いキャップに髪の毛を隠して「ひだ襟」を着用していたのに、ヤンと恋に落ちてからは髪の毛を下ろして「ひだ襟」を外し、服装がずっとカジュアルなものに変わっていくところ。あたかもソフィアにとって「ひだ襟」は、自由を奪い取る“首かせ”みたいに……。

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貧しい者も飛びついた「チューリップ・フィーバー」

ヤンとの出会いで、初めて恋の喜びを知ったソフィア。2人は駆け落ちの資金を作るために、当流行していたチューリップ投機に手を出します。

本作の題名である「チューリップ・フィーバー(チューリップ熱)」は、実際に17世紀前半のオランダで発生しました。中央アジアからトルコの宮廷を経てヨーロッパに入ってきたチューリップは生産量が少なく、富の象徴として貴族や豪商の間で大人気になっていました。

この頃のアムステルダムでは既に債券や証券といった金融システムが確立されていましたが、莫大な資本を必要とするこれらの金融商品には、中流階級や労働者階級には手が出せませんでした。しかし、チューリップの品種改良が進み、幅広い価格帯の球根が存在するようになったことで、これまでチューリップを買いたくても買えなかった画家や職人までが球根の取引をするようになったのです。

世界初の先物取引とバブル

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その上、まだ地中に埋まっているチューリップの球根を約束手形で売れる方式が生み出され、先物取引市場が誕生。球根から花が咲くまでの先々の価格を見込み、買受をするという先物取引は、チューリップの価格が上昇し続ける限り、誰でも巨万の富を得ることができました。なんでも、チューリップ・フィーバーがピークを迎えた頃には、人口200万人のオランダで、少なくとも5,000人が球根取引に関与していたのだとか。(※3)

やがて、チューリップの価格が暴落して市場は崩壊し、多くの人々を破産に追いやることに……。「チューリップ・バブル」の著者マイク・ダッシュによると、チューリップは世界で最初の先物取引とバブルを引き起こしたそうです。

チューリップ・バブルの崩壊から1世紀が経ったオランダではヒヤシンス・フィーバーが、19世紀のフランスではダリア・フィーバーが起こり、1980年代後半には中国でジュージラン・フィーバーが発生しました。

人間はなぜかくも儚い花に酔い、狂うのかーー。運河が張り巡らされたアムステルダムに閉じ込められたソフィアとヤンの道ならぬ恋は、チューリップと運命を共にするのでしょうか、それとも、美しい花を咲かせるのでしょうか。

(文/此花さくや)

【参考】
※1…ふくろうの本「図説 オランダの歴史」佐藤弘幸著
※2…白水社「チューリップ熱」デボラ・モガー著 立石光子訳
※3…文春文庫「チューリップ・バブル」マイク・ダッシュ著 明石三世訳

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