2019/01/18 06:30

『ライ麦畑』はこうして生まれた…伝説的作家の内面

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ライ麦畑でつかまえて』で知られる小説家、J・D・サリンジャーの半生を描いた『ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー』(1月18日より公開)。本作は『サリンジャー 生涯91年の真実』(ケネス・スラウェンスキー著)を基に、青春時代のバイブルとも言われる名作が生まれた背景とともに、サリンジャーのミステリアスな作家性、そして生き方に迫っていく。

21歳でデビュー。31歳で不朽の名作を完成させた

作家を志し、コロンビア大学の創作文芸コースを受講した20歳のジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(ニコラス・ホルト)は、教授で文芸誌編集者のウィット・バーネット(ケヴィン・スペイシー)と知り合い、短編小説を書きはじめる。バーネットは学生に「己の声を物語にすること」の重要さを教え、サリンジャーに「君に生涯をかけて物語を語る意志はあるか」と問う。そして、バーネットが編集長を務める『ストーリー』誌で、21歳のサリンジャーは作家デビューを果たす。

サリンジャーは第二次世界大戦で修羅場をくぐった後、31歳で初の長編小説『ライ麦畑でつかまえて』を完成させ、一躍人気作家となり世間からも注目を集めるようになる。そして、同作に感化された読者たちに付きまとわれるようになり、自分にとって「書くこと」の意味を改めて見つめ直すようになっていく。

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

過酷な戦場でもホールデンの物語を紡ぐ

まず言えるのは、バーネットは作家としてのJ・D・サリンジャーに多大な影響を及ぼしたということ。サリンジャーが短編として発表してきた青年・ホールデンを主人公とする諸作を長編小説として執筆するよう勧め、『ライ麦畑でつかまえて』へと導いたのはバーネットだった。

劇中でサリンジャーは、「ホールデンは自分のことだ」と語る。これはバーネットの「己の声を物語にする」にも通じている。そんなホールデンの物語をサリンジャーは、激戦の合間に書き留め、時には塹壕(ざんごう)で寒さに震えながら「ホールデンは……」と物語を呟き、死と隣り合わせの状況にいる精神状態を何とか保とうとする。取り憑かれたように物語を綴る姿には、「書くこと」に対する執念も感じられる。実際、サリンジャーを演じるニコラス・ホルトの鬼気迫る演技には、サリンジャーに小説の神か悪魔が寄り添っているような感も抱く。

そんな中、観客の頭には、バーネットの「君に生涯をかけて物語を語る意志はあるか」という言葉がよぎる。この発言は後半の展開の鍵にもなるが、戦場のサリンジャーはすでに「職業として書く」のではなく、「書くことこそが生きること」になっていたのかもしれない。

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

そうして出来上がったのが、自身の疎外感を物語にした『ライ麦畑でつかまえて』だ。だが、発売当初からの世間の好意的な反応に対し、サリンジャー自身が冷めているのは、書くことこそが生きることである作家性ゆえなのだろう。要するに、書き終えたことでサリンジャーのなかでは完結しているのだ。

前半では「作家だ」とのちに恋人となるウーナに近づき、「何を書いたの」と訊かれて「執筆中」だと答えて相手にもされなかったサリンジャー。だが、デビュー後はあっさり付き合うことになり、彼は自己顕示欲を満たすことになる。どうだ!といったニコラスの演技からも、最初はサリンジャーにとって書くことは目的ではなく手段だったことが伺える。しかし、戦争、『ライ麦畑でつかまえて』の執筆を経て、書くことだけに集中させてくれと心が叫ぶ姿は、一人の青年が“作家サリンジャー”に変貌していく過程の物語なのだと印象づける。

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

サリンジャーの様々な作品へのオマージュも

そんなサリンジャーの半生を、ダニー・ストロング監督は『ライ麦畑でつかまえて』をはじめとする諸作の場面やセリフを引用し、サリンジャーの作品へのオマージュ的な意味合いを込めている。

全体に散りばめられたオマージュについては実際に映画館で確認してもらいたいが、本作にはサリンジャーの独善的な喜怒哀楽が生々しく描かれるとともに、彼を客観的に見つめる監督の視点が絶妙なバランスで息づいている。こうした主観性と客観性の共存はサリンジャーの作品に通ずる部分であり、オマージュの一つだと言える。

そして14歳で『ライ麦畑でつかまえて』を読み、「すごくリアルに自分自身の丈が描かれている」と感じたストロング監督自身の、サリンジャーに対する“己の声を物語にした”結果でもあるのだろう。

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

本作は『ライ麦畑でつかまえて』の誕生とそれに伴う作家性にフォーカスし、作家としてのサリンジャーに迫る。そんな映画でバーネットを演じるケヴィン・スペイシーの存在は大きく、ベテランの含蓄を感じさせる。バーネットは前半、師としてサリンジャーに厳しく接し、後半では“作家サリンジャー”としての生き方を選んだ弟子に対して複雑な感情を滲ませる。

サリンジャーは書くことに対してどんどんストイックになることで、世間、さらには一番近しいはずの妻たちとも分かり合えなくなっていく。その生き方は壮絶だとも言え、『ライ麦畑でつかまえて』という小説に対してのイメージも、これまでとは少し違った印象に見えてくる。

(C)2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

バーネットが問いかけた、「己の声を物語にし、生涯をかけて物語を語ること」を実践したサリンジャー。だからこそ、「書くこと」に対してストイックだった彼の心の叫びが、物語としてまっすぐ心を打つものなのだろう。その捉えられ方は、サリンジャーの意図とは違うものなのかもしれないが。 

(文/兒玉常利@アドバンスワークス)

今日の運勢

おひつじ座

全体運

忙しく走りまわるわりには、実りが少ないかも。余計なことには...もっと見る >