2019/02/11 11:00

『ファースト・マン』は「妻」側から観るべき家族の物語だ

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

文=赤尾美香/Avanti Press

映画を観終わった時、まるで予期していなかった方向に気持ちが持っていかれていることがある。『ファースト・マン』(2月8日公開) を観終わった時の私は、まさにその状態だった。

人類史上初めて月に降り立ったニール・アームストロング船長の話は、小学校か中学校の時に国語の教科書で読んだ。“一挙手一投足”という言葉を初めて聞いて覚えたことが、やけに鮮明な記憶として残っている。だから今回も「あぁ、あのアームストロング船長をライアン・ゴズリングが演じる映画ね」と思って出かけたのだが、結果、私の頭の中を支配したのはアームストロング船長ではなく、その妻ジャネットの方だった。とにかく彼女に心惹かれ、目を奪われた。

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

望んでいたのは“平凡な幸せ”だったが……

たとえそれがどんな映画にせよ、アカデミー賞6冠を果たした『ラ・ラ・ランド』の監督デイミアン・チャゼルと、同作で主演を務めたライアン・ゴズリングが再びタッグを組むとなれば期待は高まる。が、正直、意外ではあった。アポロ11号、アームストロング船長、月面着陸、米ソ宇宙開発合戦……といった材料が、さほど新鮮には思えなかったからだ。

物語は、アームストロング夫妻が幼い娘カレンを亡くす1961年から始まる。妻にさえ、娘を失った悲しみを見せずに1人でむせび泣くニールの姿は、観客が彼という人間をインプットする上で重要だ。

ほどなく、空軍のテスト・パイロットだったニールは宇宙飛行士に志願、NASAに選ばれて厳しい訓練を受けるなかで、飛行士仲間との絆も育んでいく。というよりも、常に冷静で感情を表に出さないニールを周りが理解していったという方が近いかもしれない。

また本作が、飛行士たちの家族ぐるみの付き合いをきっちりと描いているのは、彼らにとって妻や家族の存在がいかに大きかったかの現われであり、さらに言うならば、常に死の危険にさらされている夫を支える妻たちの姿を無視できなかったからだろう。

ニールの妻ジャネットは「夫の夢は、妻の夢︎」というタイプではない。そもそも“宇宙”がニールの夢だったかどうかすらわからないし、ジャネットが望んでいたのは“平凡な幸せ”だ。だから、ニールの転職は寝耳に水。厳しい訓練を見ているだけでも辛いのに、その訓練の先にあるのは未知の世界。親交を深めた夫の仲間たちが事故で亡くなるたび、残された未亡人の姿に自分を重ねてしまったはずだ。「いつかは私も……」。

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

妻・ジャネットの感情の機微を丁寧にすくいとった名演

それでも彼女は、自分の運命を受け入れた。夫に課せられる危険なミッション、しかもそれは多額の税金をつぎ込んだ国家規模のミッションだ。世論を気にしつつ夫を案じ、時にはメディアに姿を晒しながら、幼い子供たちの世話もする。どれだけのストレスが彼女にかかっていたのか知る由もないが、少なくとも彼女は、静かにじっと黙って耐え忍んでいるばかりではなかった。

ジャネットを完璧に演じ、アカデミー賞の有力候補にも名前が挙がっているクレア・フォイはこんな風に語っている。「当時、ジャネットたちは極度のストレスにさらされていて、感情的にならざるをえなかったから、彼女の発言は常に少し辛口なの」。

イラッとした口調や、夫の無事を確認するためにNASAに出向いて行った時の凄み。夫を理解しようと努める健気さもあれば、子供たちに注ぐ深い愛情も感じさせる。クレアの演技はジャネットの感情の機微を丁寧にすくい取り、過剰になって映画のトーンを乱すことなく、実に的確に表現していた。

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

宇宙飛行士の妻がただ一つ、夫に迫ったこと

劇中、ジャネットが最も執拗にニールに迫るのは、「アポロ11号で月に行くことを自分の口から子供たちに話して欲しい」ということ。口数が少なく、愛情表現に長けているとはお世辞にも言えないニールである。帰還できないかもしれないことを自ら子供たちに話すのは、端から見てもハードルが高い。

けれどジャネットは、ニールを逃さない。あの時のジャネットの心境は、いかなるものだったのか。あくまでも私の推測だが、子供たちにとって“誇れる父親”であることを示して欲しかったのと同時に、ニール自身に、家族を犠牲にするかもしれないリスクを冒してまで自分が何をしているのかを分からせ、そしてそのことに対して誇りを持ってもらいたかったのではないか、と思う。

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

この妻がいてこそのアームストロング船長

そうなのだ。冷静沈着を絵に描いたようなニールはしかし、心の奥底でカレンの死を引きずり、その死に囚われているようなところがあり、訓練や任務には淡々と打ち込むが、どこか周囲が見えていないような鈍感さもあり、正直“人として”は共感できなかった。

そしてその分、妻ジャネットの正直さや、豊かな情感、懐の深さに惹かれてしまった。世に言う“完璧な妻”ではないと思うが、ニールにとっては完璧な妻であり、この妻がいてこそのニール・アームストロング船長だったのだ、とばかりに。月から無事に帰還したニールとジャネットがガラス越しに手を合わせるラスト・シーンに至って初めて、夫婦としてのふたりの波長が合ったのを感じて、ほっとした。

『ファースト・マン』は、妻たるものを考えさせる作品として私の中に記録された。チャゼル監督の本意ではないかもしれないが、彼なら「それもありだよ」と言ってくれそうな気がする。

『ファースト・マン』
全国ロードショー中(配給:東宝東和)
(c) Universal Pictures

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