2019/01/26 11:00

『天才作家の妻』と作家コレットにみる「搾取される性からの決断」

『天才作家の妻 -40年目の真実-』2019年1月26日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開/配給:松竹
(C)META FILM LONDON LIMITED 2017

世界の文豪のなかでも、トルストイやドストエフスキーの妻たちは、原稿のタイピングから編集、あげくの果てには出版社との交渉まで、陰となり日向となり夫を支え続けたといいます。文豪の影には必ず、彼らを作った妻たちが存在しているといっても過言ではないでしょう。

1月26日に公開される『天才作家の妻 -40年目の真実-』は、40年以上も連れ添った作家の妻が、夫のノーベル文学賞決定の知らせをきっかけに、心に蓋をしていた夫への憎しみを募らせていく心理サスペンスです。

天才作家の妻 -40年目の真実-

主役の妻を演じたグレン・クローズは2019年度ゴールデン・グローブ最優秀主演女優賞(ドラマ部門)を受賞し、先日発表となった米アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされました。2003年に出版されたメグ・ウォリッツァーの小説『The Wife』を映画化した作品ですが、20世紀のフランスを代表する女性作家コレットの人生に重なる部分があります。

夫のゴーストライターとして誕生したフランスの女性作家「コレット」

作家シドニー=ガブリエル・コレットはフランスで初めて国葬になった女性。1873年、フランスの田舎のプチ・ブルジョワ階級に生まれましたが一家は破産し、20歳のときに13歳年上のウィリーと結婚します。ウィリーは名門家族の出身で、ジャーナリスト、作家、音楽評論家として有名でした。

ところが、彼にあったのはプロデューサーとしての才能。自分がプロットを思いつくと、複数の無名作家を集めて文章を書かせて、それを寄せ集めたものに自分が手を加えて自分の名前で著作を発表していたのです。

あるとき、ウィリーはコレットに彼女の小学校の思い出をノートに書かせて、これに手を加えて『学校のクローディーヌ』(1900年)を発表し、大ヒットさせます。この物語はシリーズ化されましたが、この間、コレットは原稿を書き終わるまで部屋に監禁されていたのだとか! しかも、このシリーズのおかげでウィリーは偉大な物語作家としての地位を確立し、コレットとウィリー2人が雑誌の表紙を飾ったときも、キャプションを飾るのはウィリーの名前だけでした。

その上、ウィリーは浮気な男性でコレットと愛人に同じような格好をさせて3人で出歩き、注目を集めるのが好きという勝手な男。なのになぜ、コレットは夫の搾取を我慢したのか? 

それは、20世紀初頭の女性は、未成年の子供と同程度の権利しかなく、妻の収入は夫に権利があったから。若いコレットは夫に反抗することをあきらめていたのです。この時代、女性は生まれたときから男性と同等ではなく、常に搾取される性でした。当時でも文壇で活躍する女性の作家や文学者が少数ながらも存在していましたが、彼女たちのほとんどは上流階級出身。つまり、経済的にも社会的にも夫に依存する必要のない女性たちだけが、文学界で活動できたのです。

とは言え、コレットは10歳年上の女性と付き合うようになり、女性として、作家として、ひとりの人間としての自我に目覚めていきますが、そんな彼女を待ち受けていたのは、夫からの離婚。1906年に夫はほかの女性と結婚したいがために、コレットを家から追い出します。夫に離婚されたコレットは生活費を稼ぐために文筆業に邁進します。

その後、もう一度の離婚を経て16歳年下の男性と結婚し、代表作『青い麦』や『シェリ』を残し、晩年は数々の名誉に輝きつつ1954年84歳のときに亡くなりました。

現代でも続く「搾取され続ける女性性」

作中、夫ジョセフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)がノーベル文学賞を受賞することが決定したときから、妻ジョーン(グレン・クローズ)は過去を回想し始めます。

1960年代前半、大学生だったジョーンは文才があったものの、女性が作家としてデビューすることは難しいこと、また、本を出版したとてなかなか売れないことを、同じ大学の卒業生で作家になった女性から聞かされていました。

そんなときに、自分の教授であった既婚のジョセフと付き合うようになり、奪略婚へと発展。教授を辞めて作家として出発しようとするジョセフを支えるためにも、出版社に就職しますが、お茶組要員としてしか扱われず、作家になる夢を完全にあきらめていました。

ある日、勤める出版社でユダヤ系の無名の作家を探していることを知り、ユダヤ系のジョセフに小説を書かせますが、出来上がりはイマイチ……。そこでジョーンが手を入れてジョセフは華々しく文壇デビューを飾り、巨匠作家への道を歩み始めます。

ジョセフの執筆にジョーンがどこまで関わっていたのか、この夫婦の物語がどのような結末を迎えるのかは、ぜひ映画を観てほしいのですが、例えジョーンがジョセフの小説を書いていなかったとしても、主婦の無償労働、女性に対するステレオタイプや男女不平等、愛という名の下で許容される“共依存”の夫婦関係に対して本作では問題提起しています。

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グレン・クローズの名演とゴールデン・グローブ受賞コメント

晩年を迎えた夫婦の複雑な関係性がリアルなのは、グレン・クローズの名演が大きな要素になっています。特にノーベル賞授賞式で、ジョセフがスピーチするシーンで彼女が見せる表情は鳥肌が立つほど心を揺さぶります。

本作の監督であるビョルン・ルンゲによると、グレンの顔の表情をよりエモーショナルに引き立たせるために、イングリッド・バーグマンの最後の作品『秋のソナタ』(1981年)に見るような、クローズアップショットと照明テクニックを使ったのだとか。暗い照明で撮ったクローズアップに突然照明をパッと明るくして、グレンの表情に強弱をつけたのだそう。

天才作家の妻 -40年目の真実- サブ1

愛情と憎悪の間を行ったり来たりする夫婦の複雑な心を圧巻の演技で魅了したグレン・クローズは見事、ゴールデン・グローブ最優秀主演女優賞に輝き、同授賞式でこんなメッセージを女性に送りました。

「女性は子供を産み、良い伴侶を得ることを期待されるけれども、私達女性は、自分たちで満足できる人生を見つける必要がある。夢を追いかけるべきです。私達には、それが出来ると言うべきです」

社会的抑圧に負けて自分の夢をあきらめてしまうと、どうなるのかー。極端な女性差別がはびこっていた時代のなかで、二度の離婚を乗り越えて、作家コレットは亡くなるまでとにかく書き続けました。コレットのようにジョーンは自分を取り戻すのか、それとも、愛にカモフラージュされた共依存的関係に甘んじるのか、彼女が下す最後の決断に私たち女性はなにを感じるでしょうか。

(文・此花さくや)

(C)META FILM LONDON LIMITED 2017

【参考】
・文化出版局 『不滅の女たち』 奏早穂子著
・中央公論社 『コレット』 ハーバート・ロットマン著 工藤庸子
・「Interview: Bjorn Runge On Directing The Wife - AWARDDAILY」
http://www.awardsdaily.com/2018/08/14/interview-bjorn-runge-on-directing-the-wife/

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