2019/01/24 11:00

奴隷から戦闘員へ―ISと対峙した女性が映す“自由への戦い”

『バハールの涙』新宿ピカデリー&シネスイッチ銀座ほか全国公開中/配給:コムストック・グループ+ツイン
(C)2018 - Maneki Films - Wild Bunch - Arches Films - Gapbusters - 20 Steps Productions - RTBF (Télévision belge)

『バハールの涙』(現在公開中)は、イスラム過激派組織「IS」(イスラミックステート)に夫を殺され、息子は誘拐され、自らは奴隷として売られたヤズディ教徒の女性・バハールが、ISから逃げ出しヤズディ教徒の女性戦闘部隊のリーダーとして、息子を取り戻すために戦う話題作です。ウッソン監督はクルド人難民キャンプや前線の戦場ジャーナリスト、女性戦闘員や奴隷にされた女性たちを1年間ほど取材し、取材で得た事実をもとにフィクションに作り上げました。

戦場ジャーナリストのマチルドとバハールの2人の視点を通して、宗教や文化を越えた普遍的な“女性の強さ”を称えるこの作品を監督したのは、フランスで活躍する女性監督のエヴァ・ウッソン。今回はウッソン監督との電話インタビューをもとに映画の見どころを紹介します。

バハールの涙 サブ6

インスピレーションとなった実際の虐殺事件

2014年8月3日から2015年11月13日にかけて、イラク北西部のシンジャル山岳地帯をISが襲撃。ここにはヤズディ教徒という国家をもたない30万人もの少数民族が住んでいました。ヤズディ教徒は、ゾロアスター教、キリスト教やイスラム教などが入り混じった一神教を信じており、一族の者以外との結婚を禁止していることなどが原因で、近隣の民族からは孤立しており、数世紀に渡り迫害を受けてきました。彼らは主にイラン北部、シリア、トルコ、ジョージアやアルメニアに居住しています。

ヤズディ教徒の村々に侵攻したISは逃げ遅れた男性を全員殺し、女性と子供たちを一人残らず捕らえ、性的暴行、拷問、強制結婚、奴隷売買など非人間的な行為を繰り返しました。映画でも描かれますが、バハールのような成人女性は奴隷としての価値が低く、10歳ぐらいの女の子が価値が高いという悲惨な状況。しかも、捕らえられた男の子たちはジハーディストを養成する学校に収容されたのだとか。このように拉致された女性やこどもたちは7,000人以上にも上ったそうです。

バハールの涙 サブ1

2年もの間、ヤズディ教徒の政治家たちは国際社会の支援を求め奮闘しましたが、援助は得られませんでした。その結果、ISに捕らえられている人々を解放するために抵抗勢力が自主的に組織され、同時に、クルディスタン労働党の武装組織YPG(人民防衛隊)、イラク領クルディスタンの自治政府軍ペシュメルガ、ヤズディ教徒の戦闘部隊が編成されました。そのなかには、ヤズディ教徒の女性戦闘部隊YJEもあり、劇中のバハールが属するグループのモチーフとなっています。

2019年の今、ISはシリアとイラクにおける支配地域をほとんど失いましたが、シンジャルで誘拐された2000人以上のヤズディ教徒女性はいまだに行方不明で、この悲惨な出来事はいまだに解決されていないのです。

戦場ジャーナリストの使命感

3歳から殺人を学ぶISのジハーディスト養成学校にいるはずの息子を探しながら、女性部隊のリーダーとして指揮をとるバハール(ゴルシフテ・ファラファニ)と、前線での恐怖とうちたたかいながらその様子をカメラに収めるフランス人ジャーナリストのマチルド(エマニュエル・ベルコ)という、2人の女性の視点から描かれる本作。

マチルドは自身と同じくジャーナリストの夫を紛争地で亡くし、幼い娘をフランスに残したまま戦場を取材し続けています。“悲劇のニュースなんて人は聞きたくない、もはや真実を伝え続ける意味があるのかさえもわからない”と、彼女が心中を吐露するシーンがありますが、それでもなぜ、ジャーナリストは自分の命を顧みずに戦場へ赴くのか――?

「彼らのモチベーションの核には“犠牲になった人たちのために、真実を伝えたい”という情熱があります。そこに、“生きている”という戦場の高揚感が加わると、中毒のようになってしまう。“いつ死ぬか分からない”という極限状態ではすべての経験が強烈です。だから戦場ジャーナリストにとって平和な家族のいる現実に戻ることは非常に難しい」とウッソン監督は説明します。

バハールの涙 サブ5

ちなみに、片目のマチルドは実存のアメリカ人戦争ジャーナリスト、メリー・コルヴィンとマーサ・ゲルホーンがモデルとなりました。メリー・コルヴィンは2012年にシリア内戦を取材中に砲撃を受けて亡くなりましたが、2001年のスリランカ内戦で片目を失い、マチルドと同じような黒い眼帯をつけて活動していたのだそう。ちなみに、彼女の生涯はマシュー・ハイネマン監督作『ア・プライベート・ウォー』(2018年米公開・日本未公開)で描かれています。

マーサ・ゲルホーンは文豪ヘミングウェイの3番目の妻(後に離婚)で、20世紀に起きた世界の紛争を報道し続けた、女性従軍記者の象徴的存在。ヘミングウェイとゲルホーンの恋愛は米『私が愛したヘミングウェイ』(2012年)としてテレビ映画化されており、二コール・キッドマンがゲルホーンを演じています。

イランから追放された女優を起用

女性の“悲しみと強さ”を瞳にたたえたバハールを演じたゴルシフテ・ファラファニの熱演も見どころの本作。イラン出身の彼女はジム・ジャームッシュ監督作『パターソン』(2016年)や『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』(2017年)での好演が記憶に新しいですが、実はイランから亡命中なのだとか。

バハールの涙 サブ3

イラン政府による映画の検閲制度に抗議して、雑誌や映画でヌードになった彼女は、イラン政府から帰国を許されず、イランに入ってしまうと命の危険もあるとウッソン監督は言います。

「女性の自由を主張するために、イラン国内に住む家族にも会えなくなりました。これほどの代償を払った彼女だからこそ、あそこまでエモーショナルな演技ができたのだと思います」

ゴルシフテは撮影の合間によく涙したとのことですが、彼女のみならず撮影現場全体もとてもエモーショナルになっていたそうで、ウッソン監督も不眠や原因不明の湿疹にずっと悩まされていたのだとか。IS戦闘員がヤズディ教徒の女性をレイプするシーンの撮影では、実際のレイプは映し出されていないものの、女性の悲鳴を聞いただけで現場にいた女性プロデューサーも泣き出してしまったとのこと。

バハールの涙 サブ4

抑圧され、搾取されたヤズディ教徒の女性たちが武器を持って立ち上がり、民族、女性、個人、そして、子供たちの自由のために戦う……。バハールの幸せな過去と過酷な戦場の現実が交錯しながら進むこの作品には、監督から女性へ、このようなメッセージが込められています。

「私は世界各国へ旅してきましたが、どこへ行っても女性はなにかしらの暴力や抑圧に直面しています。だから、女性は立ち上がり、今、この社会を揺さぶらなければいけない――。日常のどんなにささいなことでも、女性蔑視や女性差別的な言動を無視したり、許したりしてはいけない――。私たち女性自身が、自由のために立ち向かわなくてはいけないのです」

(取材・文/此花さくや)

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