2019/03/04 06:30

斎藤工と松田聖子がシンガポールの巨匠にさせた“初めて”のこと『家族のレシピ』

エリック・クー監督(左)と斎藤工(右) 撮影=谷岡康則 『家族のレシピ』3月9日よりシネマート新宿ほか全国ロードショー 撮影=谷岡康則

文=新田理恵/Avanti Press

人気俳優としてだけではなく、映画監督としても才能を発揮し、活動の幅を広げている斎藤工。今度は海をわたり、日仏シンガポール合作映画『家族のレシピ』で主演を務めた。

才能ある若手監督が次々生まれ、世界の映画祭で存在感を増しているシンガポール。本作のメガホンを取ったエリック・クー監督は、そんなシンガポール映画界をけん引してきた父親的存在だ。

アジアの映画界を語る上での“重要人物”、エリック・クーが見た斎藤工の魅力とは? 広く世界に視野を広げる斎藤が、初のシンガポール映画出演で感じたアジア映画の未来とは? 厚い信頼で結ばれた2人の対談をお届けする。

クー監督と斎藤工の出会い

――『家族のレシピ』の主人公は、日本人の父とシンガポール人の母との間に生まれ、父が営むラーメン屋で働く真人。父が急死し、遺品の中に母の日記を見つけた真人は、両親の若き日の足跡をたどってシンガポールを訪れます。そこで自らのルーツや日本とシンガポールの歴史に向き合い、父と母を結びつけたソウルフードにも出会います。この真人役を斎藤さんにオファーした理由は?

『家族のレシピ』3月9日よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(C)Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale

エリック・クー監督(以下、エリック):Skypeでいろいろ話をさせていただいたのですが、工さんの繊細さなどに心を打たれ、真人役にはこの人しかいないと思いました。脚本は英語で書かれているので、日本語にする段階で細かなニュアンスが落ちてしまうことも多いんです。でも、工さんの初長編監督作『blank13』(2017年)を観て、彼のことを監督としても信頼していたので、言葉の壁を越えて、きちんと伝えきってくれるという信頼がありました。彼の場合は最初のテイクだけでOKだったことも多いので、とてもスムーズにいきました。

――斎藤さんは、クー監督からの出演オファーを受けていかがでしたか?

斎藤工(以下、斎藤):初めて拝見したエリック・クー監督の作品は『TATSUMI マンガに革命を起こした男』(2011年)で、まさにその作品の上映で東京国際映画祭にいらっしゃったとき、別所(哲也)さんに紹介していただき、“すれちがうように出会った”という記憶があります。

シンガポールだけではなく、アジアの映画界をけん引していて、カンヌやベルリンなど国際映画祭等における世界での戦い方など、フィルムメーカーとしても尊敬している人です。そんなエリックが日本人キャストを探していると聞き、「なにがなんでも」と思って、つたない英語ではあるんですけど Skypeオーディションの機会をいただいたという形です。

「演技をしない演技ができた」――築かれた信頼関係

――日本語の台詞の処理は斎藤さんに託された部分が大きかったと思いますが、お芝居がとても自然で、日本の映画やドラマではあまり見られない表情が多く切り取られていた気がしました。

斎藤:エリックとは、1つのシーンが終わるたびに、現場でいつも「感情はどうだった?」という確認をしていました。一言一句、脚本家の落とした言葉どおりに演じるべき作品もありますが、この作品は台詞を上手く言えたかどうかではなく、人の心を伝える映画なんです。なので、感情の確認作業だけをエリックとして、あとは託してもらったという感じでした。

今回の現場では、素直に、自分でいられた瞬間が多かったです。エリックが言ったように、ファーストテイクからいきなりカメラを回してくれたので、ドキュメンタリーのような瞬間がたくさん生まれたと思います。たぶん、「もう1テイク」と言われたら同じようにできなかったシーンばかり。人間の反射的なものを大事にして、自由に羽ばたかせてくださったので、映画の撮影をしていたという感覚はないです。本当に、そこにたたずんでいたという感じでした。

斎藤工 撮影=谷岡康則

――監督は、俳優・斎藤工さんのどんなところに魅力を感じてカメラを向けていたのですか?

エリック:工さんの過去の出演作も観せていただきましたが、今回はそれらを引きずらない、まったく違った作品になると感じていました。Skypeで、共演の松田聖子さんも交えていろいろお話したのですが、この2人がいれば、この映画は成功するというようなフィーリングがありました。

シンガポールのスタッフ全員が彼の人間性に魅了され、恋に落ちたという感じでしたね。今では向こうのスタッフ全員が彼を家族のように思っています。この映画はスピリチュアルな魂の旅だったと感じていますし、私がこれまで携わってきた作品の中で、もっとも個人的な思いの詰まったものになりました。ラストシーンの撮影では、自然と私も涙していました。自分の作品を撮ってるときに現場で泣いたのは初めてです。

『家族のレシピ』3月9日よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(C)Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale

斎藤:今、エリックが話してくれたシーンには、僕がエリックや彼のチームと過ごした時間が必要だったんです。エリックは食通なので、撮影中でも、レストランから屋台メシまで、あらゆるシンガポールの食でもてなしてくれました。僕の撮影最終日には、忙しいなか、チキンスープを作ってきてくれたんです。チキンスープって仕込まないといけないので、すごく時間がかかるんです。それが信じられないくらい美味しくて。

人と人が食を通じて繋がっていく、家族になっていくということ。それはまさにこの映画が伝えたいことで、撮影している物語と同じことを現場でも感じていました。だからこそ生まれたシーンが映画の中に詰まっているので、他ではできない「演技をしない演技」ができたというか……。それを引き出してくれたのは、エリックと、彼の素晴らしいスタッフたちとの時間だったと思います。

天才的采配!松田聖子の抜擢

――真人がシンガポールで出会うフードブロガー・美樹役で松田聖子さんが出演されています。日本人にとっては伝説的と言っても過言ではないスターですが、しっかり役として真人と対峙している姿が魅力的で、おそらく日本人の監督にはできない采配だったと思います。松田さんの起用の理由と、共演された感想をお聞かせください。

『家族のレシピ』3月9日よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(C)Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale

斎藤:エリックの作品に出演したいというのは、聖子さん発信だったとうかがって、まず聖子さんのクリエイターに対するアンテナの張り方と行動力、そして未来の見方が素晴らしいなと思いました。

美樹は、会ってもいないのに、真人が絶対的な信頼を寄せる対象です。日本で本読みをさせていただいたとき、その役柄を通して発せられた聖子さんの第一声を聞いて、「委ねます」という気持ちになりました。エリックにはその未来が見えていた。その采配は、日本でも、ほかのアジアの監督でもできなかったと思いますし、エリックは天才だと思います。

エリック:私は10代の頃から聖子さんのファンで、レコードも持っています。最初にお会いしたときは緊張しましたが、工さんも交えて本読みをしたとき、その声に魅せられました。シンガポールの現場は贅沢な環境ではないし、日本とは相当違います。「暑いし豪華なお弁当もありませんよ」と言ったのですが、聖子さんは全然構わないとおっしゃった。彼女は撮影現場にプロフェッショナルな女優としていてくれました。ぜひまた一緒にお仕事したいと思っています。

斎藤:聖子さんの撮影最終日に一緒だったんですけど、「終わりました」という瞬間、スタッフが自宅から持って来たカセットやCDを出して集まってきて、聖子さん、ずーっとサインしてましたね。みんなずっと我慢してたんです(笑)。聖子さんは優しく包み込むように対応されていて、とても美しい光景を見せてもらいました。アジアが音楽を通して、聖子さんを通して、繋がっているんだと感じた瞬間でした。

監督・齋藤工へのオファー

――クー監督は、HBOのオムニバスドラマ「FOLKLORE」の監督の1人に日本代表として斎藤さんを抜擢されましたね。斎藤さんはその中の1本『TATAMI』を監督されています。

エリック:工さんは、もちろん役者としても素晴らしいのですが、監督としても素晴らしい才能の持ち主なので、工さんの映画づくりをプロデュース面から積極的に支援したいと思いました。それで実際に、HBOのテレビシリーズで1つエピソードを監督しないかと声をかけたのです。私との共通点としては、彼もホラー映画が好きなんですね。『TATAMI』もホラーですが、素晴らしい作品に仕上がっています。

エリック・クー監督 撮影=谷岡康則

――斎藤さんは、チャンスを着実に成果に結びつけてらっしゃいますね。

斎藤:シンガポールでエリックのDVDボックスを手に入れて、すぐに全作2回ずつぐらい観たんですけど、いろんなテイストを持っているのに、どの作品にも“エリック・クー”という彼自身の根っこの部分が宿っているんです。演技もそうですけど、映画をつくるにあたっては、自分の足元にあるもの、そこに既にあるものの威力を、もっと見つめ直さなければいけないと思いました。

クリエイターが世界に出ていこうとするとき、海外に対する憧れというか、外に外に意識が向かって、自分の血管の先にない要素を足してしまったりしがち。そうではなく、自分が歩んできた時間や場所が作品に宿ってこそ、他の誰のものでもない、オリジナルな作品になるということを感じました。そんな戦い方も、今、エリックから習っているところです。

――クー監督は、シンガポールの才能のある若手のプロデュースにもとても熱心です。「この人は育てたい」と思う若手の共通点とは?

エリック:クリエイティビティがあるかどうかが重要だと思っています。あと強いアイデンティティを持っているということも、共通する点ですね。

――世界で活躍できる監督になるために、若手にどんなことをアドバイスしているのですか?

エリック:“心”を大事にしろということです。

小さな国が切り拓くアジア映画界の未来とは?

――今回シンガポールで仕事をしてみて、斎藤さんが日本の映画界と違って驚いたことは何ですか?

斎藤:まず、みんな若いですね。それは年齢的なことだけではなく、パワーを感じるんです。しかもクリエイティビティがあって、とってもフレンドリー。アートがつくられる環境として素晴らしいと思いました。シンガポールは、面積としては東京より小さいんですけど、そこにエネルギーが凝縮している。

『家族のレシピ』3月9日よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(C)Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale

エリック:シンガポールの人口は500万人ですが、そのうち本当のシンガポール人は330万人で、他は外国人です。小さい国の中に、映画製作者も凝縮されている。2017年にはカーステン・タンという監督が注目されましたし、2018年はヨー・シュウホァというロカルノで金豹賞を獲った監督が出てきました(受賞作は、東京フィルメックス2018で『幻土』の邦題で上映)。小さな国にしては、実績があると言えます。普段食べているローカルフードがいいから、素晴らしい映画作家が出てくるのかもしれません(笑)。私が主催する映画製作会社Zhao Wei Filmsでは、大勢の若いフィルムメーカーを盛り上げていきたいと考えています。彼らが世界で活躍することは、コマーシャル面でシンガポールのためにもなりますから。

斎藤:アニメーターとか、テクニカルな部分に長けた若い才能も大勢いると感じました。

――若手が活躍できるチャンスも多いということですか?

斎藤:多いと思います。『家族のレシピ』で照明機材を担当したバート・タンさんという方がいるのですが、彼はインドネシアやマレーシアなど、アジア全域にカンパニーを構えて、「アジア」という単位で映画事業、とくに機材の展開をしている。日本人として羨ましいのは、近隣の国と連携をして作品をつくる、手を取り合うという動きが活発で、それが相乗効果として、アジアの映画界の発展につながっていること。そのきっかけを、シンガポールのエリックたちが作っている。エリックは、10年後、20年後の若者たちの未来を大いに切り拓いている人だと思います。

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2018年のベルリン国際映画祭に出品された時点で、既に40カ国近くのセールスが成立していたという『家族のレシピ』。「日本映画は大半が国内で採算をとろうとしますが、日本以外の国では海外にセールスする展開は当たり前になっている」と語った斎藤。エリック・クーとの出会いで開いた更に広い世界への扉は、斎藤工の未来をよりエキサイティングなものにしそうだ。

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