2019/02/19 06:30

『ビール・ストリートの恋人たち』の最大の魅力は「美しさ」にある

(C)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

本命有力視されていた『ラ・ラ・ランド』を抑え、劇的なかたちで第89回アカデミー作品賞に輝いた『ムーンライト』。その、ブラック・ムービーの星と呼んで過言ではないバリー・ジェンキンス監督の新作『ビール・ストリートの恋人たち』(2月22日より公開)が届いた。

同作は公民権運動家としても知られる作家、ジェイムズ・ボールドウィンの小説を映画化したもので、ジェンキンス監督にとって念願の企画であった。黒人作家の小説を黒人監督が映画化したこの映画は、黒人が主人公であり、1970年代という今よりも遥かに人種差別が激しかった時代のアメリカを背景にした、黒人差別問題をめぐる物語でもある。

黒人による、黒人のための、黒人の映画。たとえば、そのように本作を表現することは充分可能だ。しかしながら、本作は苛烈なメッセージのみに終始する社会派映画ではない。わたしたちが生きるこの世界の不条理や矛盾を撃っていることは確かだが、それだけではない芸術的な側面がある。いや、むしろ、この映画の最大の魅力は「美しさ」にある、と断言してもいいくらいだ。この、真摯にして美しい映画について綴ってみたい。

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愛しあう高揚感そのものを抽出する音楽

舞台は1970年代のニューヨーク、ハーレム。19歳の女の子、ティッシュは、愛する22歳の青年、ファニーの子どもを身籠る。ところが、そのハッピーな知らせを彼女は、面会室でガラス越しに伝えなければいけなかった。なぜなら、ファニーは無実の罪で留置所にいるからだ。

ファニーは白人警官に恨みを買ったことから投獄される。冤罪による逮捕だ。かくして、ファニーを救うべく周囲の人々は力を尽くし、ティッシュは奇跡の到来を信じて、強く待ち続ける……。

こんなふうにあらすじを記せば、骨太な作品を想像するかもしれない。だが、本作の筆致はむしろ、可憐でキュートだ。たしかに「引き裂かれた」恋人たちの物語だが、不幸な状況も含めてこれは崇高な「ラブストーリー」なのだ。「悲劇」という言葉さえ、そこではフィットしない。なぜなら、愛の美しさがあふれているからだ。

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このラブストーリーを支えるのが劇中の音楽。小粋な選曲による1970年代の既成曲もたくさん流れるが、なんと言っても『ムーンライト』に続いて本作でもオスカーにノミネートされた作曲家ニコラス・ブリテルによるオリジナル楽曲が素晴らしい。

流れのあるメロディーラインで感動させるというよりは、恋人たちのときめき、そのスパークを純化させ、まるで花火(しかも花火大会のそれではなく、線香花火の最良の一瞬)のように捉え、もう二度とやってこないのではないかと思えるような高揚感そのものを、シンプルにリフレインしていく。

つまり、ムードで酔わせるのではなく、情景をスライスして、この世でたった一葉の写真に情感のすべてを託す――そんな音楽が、画面を彩る。

過酷な、あまりにも過酷な設定なのに、それでも愛しあう二人を、心から「祝福」するギフトのような楽曲が、映画ならではのモーメントをかたちづくっているのだ。

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目をそらさず「すっと」凝視する映像の美

悲壮感たっぷりのシリアスな音楽にしなかった、この映画の美的センスは、映像にもよく表れている。

黒人たちの美しさを際立たせるカラフルでシックな衣装の数々。社会的に虐げられることも少なくない彼女ら・彼らを、単に「被害者」に落とし込まない色彩のコーディネートは、単にオシャレというだけではなく、「痛みを少しでもやわらげる」ためのギリギリの、透明なバリアでもある。壁のような過剰な防衛はしない、ささやかで優しいバリア。だから、黒人ではないわたしたちも、自然にその世界に入っていけるのだ。

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家族の絆や葛藤や軋轢(あつれき)をじっと見つめる屋内シーンも秀逸だが、この映画の映像の美しさは屋外の場面にこそある。ジェームズ・ラクストン撮影監督のカメラは自然光を味方につけ、ティッシュとファニーそれぞれの顔を、かけがえのない瞬間として画面に定着させる。

変わったことは何もしていない。奇をてらわずに、愛する相手に向き合う女性の顔、愛する相手を眺める男性の顔から目をそらさず、すっと凝視するのだ。この「すっと」の加減が絶妙で、それだけでうっとりしてしまう。女と男が、ただ見つめあうだけで、映画が出現する。この単純にして、偉大な真理に打ちのめされる。

相手の顔を見るという行為は、こんなにも意志的であると同時に、こんなにも優しい行為なのだということが、その映像からは伝わってくる。言葉はない。だが、まなざしが、瞳を中心とした表情が、ただそこにあるだけで、私たち観客の奥底に蓄積されている感情を愛撫して、気持ちを浄化し、昇華してくれる。

二人の顔だけを凝視する優しいカメラアングルは、面会室という屋内シーンにも応用され、そこではガラスでさえぎられているにもかかわらず、きわめてロマンティックな場面にすることを成就している。

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『ビール・ストリートの恋人たち』は、何よりも恋愛映画だ。恋人たちは、どんなに辛く劣悪な環境にあっても、見つめあうことさえできれば、「美しく」存在することができる。ここにある音楽と映像のコラボレーションは、純粋にそのことをかたちにしているのだ。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)



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