2019/02/25 06:30

なぜ男女が逆転?ファッションから紐解く『女王陛下のお気に入り』

『女王陛下のお気に入り』大ヒット公開中/配給:20世紀フォックス映画
(C)2018 Twentieth Century Fox

18世紀初頭のイングランド・アン女王の統治時代に、彼女の寵愛と政治を巡り、レディ・サラとアビゲイルという二人の女性が織りなすスリリングでコミカルな宮廷ドラマ『女王陛下のお気に入り』(現在公開中)。来る第91回アカデミー賞で最多10ノミネートをたたき出した話題作です。

主人公アン女王を演じるオリヴィア・コールマンはゴールデン・グローブ賞で主演女優賞を受賞し、本年度米アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされただけではなく、レディ・サラを演じたレイチェル・ワイズとアビゲイルを演じたエマ・ストーン、二人のオスカー女優も助演女優賞にノミネートされるなど、彼女らの豪華な競演も見どころ。さらに、衣装デザイナーのサンディ・パウエルは、本作と『メリー・ポピンズ リターンズ』で衣装賞のWノミネートを果たしました。今回は、時代考証をあえて無視したという衣装から物語を紐解いてみたいと思います。

男性を“女らしく”描いたウィッグとメイク

女王陛下のお気に入り サブ5

本作では、宮廷の男性のメイクアップやファッションが女性よりも華美に描かれています。劇中、宮廷の男性たちはカールのかかった長髪のウィッグ「フル・ボトムド・ウィッグ」を被っています。

実は、17世紀からヨーロッパの貴族の間でウィッグが大流行した理由は、主に衛生事情によるものだったのだとか。(※1)当時は、お湯が蛇口から出る設備がなかったことから、頻繁に洗髪することができず、男性は頭を剃ったり、髪を短く刈り込んだりしてしました。

そして、ウィッグは人毛、ヤク、馬の毛を使ったものが一般的で、長さもまちまち。スタイルもストレートヘアから巻き毛、ちぢれ毛まで実に様々な髪型があり、職業や身分、TPOに合わせて使い分けられていたそうです。(※2)

映画ではアビゲイルの又従兄弟で、レディ・サラと敵対するトーリー党員のロバート・ハーリー(ニコラス・ホルト)が白っぽいブロンドのウィッグを着用していますが、1714年にアン女王が亡くなった後の1730年頃からはウィッグに白い粉をかけたウィッグや、白髪のウィッグがトレンドとなり、現在でもイギリスの裁判官が白髪の大きなウィッグをかぶる習慣を生み出しました。(※2)

女性を“男らしく”を表現したすっぴん肌と髪型

女王陛下のお気に入り サブ4

ハーリーやアビゲイルの夫となるサミュエル・マシェル(ジョー・アルエイン)がウィッグやメイクアップで自分を飾り立てるのと対照的に、アン女王、レディ・サラ、アビゲイルたち女性陣は、すっぴんのような飾り気のない顔、髪はさりげなく結い上げたり垂らしたりしている点が興味深い本作。

実際の18世紀の貴族社会では、ハーリーのように女性も白粉をたっぷりとはたいていたのだとか。何百年もの間、ヨーロッパでは白い肌が富と美を象徴していたことから、17世紀と18世紀にはことさらこの傾向が高まり、白粉を肌に塗布し、白い肌を際立たせるために、丸く大きな赤いチークをのせ、赤い口紅を引いていました。

それではなぜ、時代考証を無視し、本作の女性陣はお化粧をしていないのか――? そこには、物語の世界観を表現するために時代設定から外れることも厭わなかったヨルゴス・ランティモス監督の考えがあります。

女王陛下のお気に入り サブ2

鈍感で頑固なステュアート朝最後の君主であるアン女王は、たくさんの子供をもうけましたが、同性愛者であり、側近は女性ばかりだったそう。女王の親友で気の強いマールバラ公爵夫人サラ・チャーチル(レディ・サラ)は、女王の肉体と心を完全に支配しており、政治をも動かしていました。

劇中でも描かれるように、レディ・サラは女王の寵愛を利用して城や名誉を受け取り、夫のマールバラ公爵は兵士としてフランスに対して勝利を収め、輝かしい地位を得たのです。(※3)

つまり、アン女王の宮廷は女性と男性の位置が逆転していた部分もあったと言えるでしょう。だからこそ、監督は登場人物の男性をより“女らしく”、女性を“男らしく”描いたのではないでしょうか。

現代性を打ち出した白黒のドレス

女王陛下のお気に入り サブ1

非常にスタイリッシュでモダンな本作の衣装。ランティモス監督は、衣装デザイナーのサンディ・パウエルに当時のシルエットを忠実に取り入れながらも、素材や色には遊びを取り入れるように話したのだとか。衣装の形やシルエットは当時の肖像画をベースに細部は完全に独自のデザインにしたそう。

16世紀は「宝石の時代」、17世紀は「レースの時代」、18世紀は「花の時代」と言われたように、18世紀の服装は、17世紀のレースで壮麗に飾った重量感のあるデザインのバロック様式から、花を使った自然で明るく柔らかな色調のロココ様式へと変化しました。(※1)

ところが、本作で女性が着るドレスは、17世紀から18世紀への転換期とはいえ、本来はレースとパステルカラーで飾られていてもおかしくはないのに、真逆の白と黒のトーンとシンプルなデザインで統一。レディ・サラにいたっては、男性のようにズボンを着用するシーンもあります。

女王陛下のお気に入り サブ3

アン女王、レディ・サラ、アビゲイルと権力を握った3人の女性が繰り広げる権謀術数を、当時の「女は男のために美しく着飾るもの」「女はおとなしく、静かにたたずんでいるもの」(※2)というジェンダーから逸脱したものとして描きたかったのはないでしょうか? 

とりわけ、衣装の素材に18世紀にはなかったデニムや化繊生地をふんだんに使うことによって“現代性”を打ち出し、本作を歴史映画としてではなく、観客が共感できる“現代の物語”として語りたかったのでしょう。

政党政治の発達を衣装で表現

加えて、史実とはあえて異なる点に、ハーリーを含む男性政治家の衣装の色もあります。劇中でハーリーとレディ・サラがフランスに対する戦争について激しく対立する場面がありますが、ハーリーは戦争反対派のトーリー党、サラは戦争継続派のホイッグ党に組しており、トーリー党の議員は赤いベスト、ホイッグ党の議員は青いベストを身に付けています。(※4)

ここには、アン女王下における政党政治の発達を表そうという意図があるのかもしれません。17世紀のイギリスで始まった立憲君主制は18世紀初頭のアン女王の時代に発展し、19世紀には政党政治が確立していき現代の民主主義国家のモデルとなったのです。

つけぼくろは恋のサイン!?

とは言え、18世紀の時代考証に沿った装飾も見られます。例えば、17世紀末には顔に15個もつけている人もいたと言われるつけぼくろ(※1)。“ムーシュ”と呼ばれるつけぼくろは、鉛入りの有害な化粧品を使ったことからできた傷跡や水疱瘡の痕を隠すために貴族の間で重用されたのだとか。傷跡をカバーするために、ハート型、月型、星型と言った様々なデザインがありました。

そして、つけぼくろの位置には色いろなメッセージが込められていました。作中、アン女王の寵愛を勝ち取り贅沢をし始めたアビゲイルや、アン女王が目の下につけている位置は“情熱”、額の位置だと“威厳”、頬のえくぼの位置には“遊び”や“大胆な気分”という意味があったそう。ほかにも、ハーリーのように下顎につけるのは“キスまでOKでそれ以上の関係はなし”という恋のメッセージも含まれていたのだとか。(※4)

女王陛下のお気に入り

世界で最も名誉ある王室だと称されるイギリス王室のなかでも、これまであまり取り上げられることのなかったアン女王。地味で鈍感で頑固だと言われる彼女ですが、17回も妊娠したのに流産や死産を繰り返し、唯一11歳まで育った息子も亡くしてしまった悲嘆にくれる、宮廷の虚飾や仰々しさを嫌った素朴な一人の女性でした。

そんな彼女の心と身体を支配し政治を思うがままに操ろうとした、故チャーチル首相や故ダイアナ妃の祖先となった美貌の公爵夫人サラ・チャーチルと、彼女を出し抜しこうとする没落貴族の美少女アビゲイル。彼らを中心に渦巻く宮中のダークでコミカルな虚々実々を、独創的でシックな衣装や装飾からもぜひ堪能してほしい傑作です。

(文・此花さくや)

【参考】
※1…八坂書房「ファッションの歴史 西洋中世から19世紀まで」ブランシュ・ペイン著/古賀敦子訳
※2…リブリオ出版「世界ふくそうの歴史 社会が服を変えた」監修・高橋晴子/文・川口和正/イラスト・フルタヤスコ
※3…原書房「ダークヒストリー 図説イギリス王室史」ブレンダ・ラルフ・ルイス著/日本語監修=樺山紘一/訳高尾菜つこ
※4…『女王陛下のお気に入り』劇場プログラム

(C)2018 Twentieth Century Fox

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