2019/02/22 06:30

人種差別が生んだ黒人音楽の聖地「ビール・ストリート」と純愛物語

『ビール・ストリートの恋人たち』配給:ロングライド
(C)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

2017年度の米アカデミー賞で、『ラ・ラ・ランド』を抑えて作品賞を受賞した『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督の最新作『ビール・ストリートの恋人たち』(現在公開中)。先日の第76回ゴールデン・グローブ賞で3部門にノミネートされ、来る米アカデミー賞でも3部門でノミネートされています。

オスカー大本命作品として期待される本作を、前作の『ムーンライト』では、黒人だけのキャスト・監督・脚本で史上初の作品賞を受賞するという快挙を成し遂げたジェンキンス監督が、アメリカ文学の金字塔と称されるジェイムズ・ボールドウィンの小説をどのように映像化したのかーー。本作が象徴する世界観について考察してみました。

純愛と社会的抑圧

映画の舞台は1970年代のハーレム。19歳のティッシュ(キキ・レイン)と恋人のファニー(ステファン・ジェームス)は一緒に住めるアパートを探していますが、黒人カップルに貸してくれる大家はなかなかおらず、やっと見つけたと思えばファニーが白人警官にレイプの罪を着せられ、逮捕されてしまいます。ティッシュと家族たちはファニーの無実の罪を晴らすために奔走しますが……。

ビール・ストリートの恋人たち

原作者のジェイムズ・ボールドウィンは1924年ニューヨーク州ハーレム出身。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやマルコムXらとともに公民権運動家としても活躍し、代表作『山を登りて告げよ』(原題:Go Tell It on the Mountain)などを通して、愛や善といったポジティブな心と、人種差別や物質主義といったネガティブな社会的抑圧を同時に描くことで、アメリカにおける人種的関係や性的アイデンティティを心理的観点から浮き彫りにし、アメリカ文学界において金字塔を打ち建てました。

ジェンキンスが監督した本作でも、小説に見る純愛と社会的抑圧の構図が映像や演出で強烈に映し出されています。例えば、ヴィヴィッドなカラーとダークなトーンの場面を対比的に登場させることによって、“純愛と抑圧”をビジュアルで表現。「いくつかのシーンのトーンには、物語のエモーションが反映されています。刑務所のシーンでは冷たくとげとげしいライティングを使っていますが、これにはティッシュとファニーの関係が凍りついていく様子を描いているのです」とインタビューで語ったジェンキンス監督。(※1)

黒人が感じる「日常の恐怖」

幾多ある黒人差別を描いた作品のなかでも本作が画期的な点は、黒人が感じる“日常の恐怖”をリアルに描写しているところ。

ビール・ストリートの恋人たち サブ6

悪名高き人種差別法であるジム・クロウ法(おもに有色人種による公共施設の利用を禁止制限した法律)が廃止されたのは1964年。とはいえ、1970年代のニューヨークでも、白人警官による黒人への暴力は珍しいことではなく、白人から言いがかりをつけられても警官が黒人の言い分を聞いてくれることは、往々にしてなかったのです。

映画で描かれるように、黒人コミュニティから一歩外に出ると、下を向いて歩き、できるだけ目立たなくふるまうことを余儀なくされていたのが、当時の黒人たちの心境。

作中、ティッシュが食料品店で白人男性に性的な嫌がらせを受け、ファニーがその男性からティッシュを守ろうし、反対に白人警官に捕まりそうになる場面があるように、黒人の正義は社会に踏みつけられていたのです。

ビール・ストリートの恋人たち 香水

さらに、ティッシュがデパートの化粧品売り場で香水を売るシーンでも、白人男性が彼女を一人の人間ではなく、性的な対象として扱う有様が描き出されており、女性として黒人として、二重のマイノリティが直面する“日常的な恐怖”が、映画を観る者の心を震え上がらせます。

なぜビール・ストリートなのか?

本作のタイトルであるビール・ストリートとはアメリカ南部テネシー州・メンフィスにあるストリートの名前。原作や映画の舞台は北部ニューヨークのハーレムなのに、なぜビール・ストリートなのか?

ビール・ストリートの恋人たち ハーレム

メンフィスのダウンタウンに位置するビール・ストリートは、1841年に「ビール・アベニュー」の名で生まれました。ナイトクラブ、レストラン、劇場、質屋や小売店がひしめき合う傍ら、ギャンブル、売春、殺人、ブードゥー教が横行し、中心部は“暗黒街”と呼ばれていたのだとか。それでも1870年代に入ると、南部の貧困から逃れて来た黒人のミュージシャンやアーティストたちがこの地に集いました。

その後、黒人のビジネスマンがビール・アベニューを再開発し、ビール・ストリートと改名。後にアメリカ合衆国国家歴史登録財に登録されることとなるオペラハウス『オルフェルム劇場』も建築され、ビール・ストリートはブルースミュージシャンのメッカになりました。

1917年には“ブルースの父”と呼ばれるW.C.ハンディが、『ビールストリート・ブルース』を発表、ルイ・アームストロングもカバーするなど、後世にも愛される名曲となりました。その後、1920年代から1940年代にかけて、前述のルイ・アームストロングや、B.B.キングなど伝説的なミュージシャンがビール・ストリートでも演奏するようになり、メンフィスがブルースの発祥の地と言われるほどに。この音楽は“キング・オブ・ロックン・ロール”と呼ばれるエルヴィス・プレスリーにも影響を与えました。(※2)

ビール・ストリートが象徴する未来への希望

ビール・ストリートの恋人たち  ジャズ

アメリカ南部の極貧生活から逃げ出して来た黒人ミュージシャンたちが、新しい音楽を生み出した地ビール・ストリート。しかし、この地は黒人だけのものではありませんでした。北部からは南部の商品を求めて白人のビジネスマンが集まっていたことから、昔からメンフィスは黒人と白人が交じり合う交流地として独特の文化が発達し、特に音楽においては、ポップ、カントリー、R&B、ジャズが開花しました。

ハーレムが舞台の小説に、著者ボールドウィンがビール・ストリートという名前を冠したのは、黒人が生み出した“過去”の歴史や文化を尊重するとともに、黒人と白人が交差する融合文化に、アメリカ社会への“未来”の希望を重ねているのかもしれません。

アカデミー賞3部門ノミネート、助演女優賞、作曲賞&脚本賞

ティッシュとファニーの純愛物語だけではなく、家族の愛も描いた本作では、「愛を信じるならうろたえないで」とティッシュを励ます母親役を熱演したレジーナ・キングが、第76回ゴールデングローブ賞の助演女優賞を獲得し、来る第91回アカデミー賞助演女優賞にもノミネートされています。

ビール・ストリートの恋人たち レジーナ・キング

ティッシュの母・シャロンを演じたレジーナ・キング

また、ジェンキンス監督が本作で音楽監督に選んだのは前作『ムーンライト』でもタッグを組んだニコラス・ブリテル。ジャズやブルースの愛好家として知られたボールドウィンの原作に登場する曲はあえて使わず、登場人物のキャラクターを表現するためにブリテルに音楽を委ねたのだとか。

ブリテルの話では、弦楽器と管楽器で“愛の世界”を表現し、刑務所などの“ダークな世界”はまったく異質のサウンドで表現したそう(※3)。ブリテルの曲以外にも、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンやニーナ・シモンの曲が“純愛と抑圧”の2つの世界を行き来するエモーションと共鳴し合い、映像美とあいまって叙情的なラブ・ストーリーに仕上がっています。

人間を抑圧する社会制度に抗議の声を上げながらも、人間のセクシュアリティと純愛がスクリーンから匂い立ち、官能、感動と希望の渦で観る者を包み込む本作。ボールドウィンの原作に登場するこのセリフこそが、この傑作の一番のメッセージでしょう。

 

「It’s a miracle to realize that somebody loves you.」
(誰かが愛してくれるなんて、奇跡だ)※筆者意訳

 

ビール・ストリートの恋人たち  ネタバレなし

(文・此花さくや)

(C)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

【参考】
※1…How Barry Jenkins Turned His James Baldwin Obsession Into His Next Movie – The Atlantic
https://www.theatlantic.com/entertainment/archive/2018/12/barry-jenkins-if-beale-street-could-talk-interview/577528/
※2…Beale Street: The History Behind the Memphis Party Scene – GREAT AMERICAN COUNTRY
https://www.greatamericancountry.com/places/local-life/beale-street-the-history-behind-the-memphis-party-scene
※3…How If Beale Street Could Talk Translates Joy and Terror Into Sound – The Atlantic
https://www.theatlantic.com/entertainment/archive/2018/12/if-beale-street-could-talk-nicholas-britell-composer-music-score/577879/



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