2019/03/25 11:00

『卒業』は青春映画の名作…ではない!改めて振り返るブラックな全貌

画像はイメージ(画像素材:PIXTA)

サイモン&ガーファンクル(以下、S&Gと略)の澄み切った歌声と、結婚式場からの花嫁強奪というラストシーンの印象から、さわやかな青春恋愛映画と思われがちな『卒業』(1967年)。でも、ちょっと待ってください。この映画の細部を追いかけてみると、ブラックなもうひとつの顔が見えてくるのです……。

主人公の目がいきなり死んでいる

この映画が作られた1967年は、アメリカン・ニューシネマが流行り始めた時期にあたります。それまでのハリウッド映画的なお約束をなくし、もっと自由な映画作りをしようという風潮を、この『卒業』も受けているのです。

映画の冒頭ではS&Gの大ヒット曲「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる中、主人公のベンことベンジャミン(ダスティン・ホフマン)がロサンゼルス空港に到着する様子が描かれています。しかし、美しいメロディーの印象とは真逆に、ベンはうつろな表情をしたまま。はっきりいえば目が死んでいるのです。

彼は東部の大学を優秀な成績で卒業し、実家に帰省したところ。実家は庭にプールのある豪邸で、卒業祝いのプレゼントはイタリア製のスポーツカーという恵まれた境遇です。しかし、彼は将来について何の目標ももっておらず、父親の勧める大学院進学にも乗り気ではありません。

そんなベンは、父親と会社を共同経営するロビンソン氏の妻、ロビンソン夫人(アン・バンクロフト)に誘惑されて関係を結んでしまいます。高飛車で強引なロビンソン夫人と、押しに弱いベンのやりとりはセックス・コメディそのもの。この映画の出演者の配役順ではバンクロフトがトップですが、このくだりでは大女優の貫禄を見せつけてくれます。撮影時は30歳に近かったにもかかわらず、20歳の初心な若者になりきったホフマンもさすがで、ホテルでの挙動不審な行動には大笑いさせられました。

妻と浮気した親友の息子が、娘と結婚したいと言い出した

物語も半ばを過ぎたあたりで、ヒロインであるエレーン(キャサリン・ロス)がやっと登場します。バークレーの大学から帰省した彼女は、ロビンソン夫妻の娘で、ベンの幼なじみ。ロビンソン夫人から「娘とは会うな」と厳命されていたベンは、父親の手前やむなく出かけた初デートで、エレーンをストリップ・バーに連れていき、わざと嫌われようとします。しかし、そこで彼女が流した純粋な涙に、心を奪われてしまうのです。

この時点でロビンソン夫人は“過去の存在”になってしまったのですから、身勝手といえば身勝手な話ですよね。しかし、今まで親の命令や周囲に流されるままに生きてきたベンにとって、エレーンこそが初めて自分の意思で選んだ相手だったのです。

やがて、嫉妬したロビンソン夫人がエレーンに二人の関係を(かなり嘘も交えながら)話したことで、ベンとエレーンの仲は決裂。彼女はバークレーに帰ってしまいます。ここからのベンの行動は、ストーカーそのもの。「エレーンと結婚する」と宣言して、彼女の大学の近くに下宿し、彼女を追い回します。

はっきりとは描かれていませんが、エレーンがベンを拒絶しないのは、きっと彼女が子どもの頃から彼のことが好きだったからでしょう。しかし、プロポーズする気満々だったベンを待っていたのは、怒りに満ちたロビンソン氏でした。

そりゃ怒りますよね。妻と浮気した親友の息子が「娘と結婚したい」なんて言い出したら……。ロビンソン氏はエレーンをすぐに退学させ、別の男と強引に結婚させるのでした。

2つの家庭が崩壊し、親の事業も破綻してしまう末路

さて、ここから有名な花嫁強奪のクライマックスに向かうのですが、S&Gがこの映画のために書き下ろした名曲「ミセス・ロビンソン」をバックに、ベンがエレーンの行方を探して右往左往するあたりはかなりコミカル。ご自慢のスポーツカーをガス欠で乗り捨て、教会に向かって走り出すことで、ベンが今までの過去と決別したことを暗示しています。

エレーンを結婚式場から奪い去ったベンは、通りかかったバスに乗り込みます。最初は笑顔の二人。しかし再び「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる中、次第にその表情は不安気なものに変わっていき、映画は終わるのです。

これは監督のマイク・ニコルズがなかなかカットをかけずにカメラを回し続けたことで、俳優の素が出てしまったもの。それによって、深い考えもなしに無茶な行動に出た若者の前途に待つ苦労を想像させる演出です。

作中でベンは恋人とその母親に手を出し、自分の一家とロビンソン家の、家庭を崩壊させています。恐らく、父親とロビンソン氏が共同で行なってきた事業も破綻させてしまったことでしょう。財産ももたずに衝動的に家出してしまった、二人の行く末は想像に難くありません。

いわゆる“社会の良識”にとらわれず、安易なハッピーエンドで終わらないのがアメリカン・ニューシネマの特徴。この映画では生きる目標を見失っている若者の目を通して、表層的で空虚なブルジョアのライフスタイルを風刺しています。

ブラックな味付けながら、そこにS&Gの美しい音楽をトッピングし、世界的な大ヒット映画にしただけでなくアカデミー監督賞まで獲得したニコルズ監督には、お見事と言うしかありません。

11年後の物語もモラルを完全無視!

ところで、実際にベンとエレーンのその後はどうなったのでしょうか? 原作者のチャールズ・ウェッブは映画化から40年以上も経った2008年に、小説『「卒業」Part2』を発表しています。

この作品で描かれているのは、第一作から11年後。ニューヨークで結婚したベンとエレーンは二人の息子をもうけていますが、子どもを学校に通わせずに自宅で学ぶ「ホーム・スクール」(これが小説の原題)を実行していたため、地区の小学校校長と対立してしまいます。

この問題の打開策としてベンが思いついたのは、今ではすっかり没交渉になっていたエレーンの母(元ロビンソン夫人)に校長を誘惑させ、脅迫材料に使おうというとんでもないアイディアでした……。

相変わらずモラルを無視したお話。しかし、ウェッブ作品の魅力である、言葉のキャッチボールともいえる会話の妙は健在なのでした。

(文/紀平照幸@H14)



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