2019/03/04 11:00

俳優イーストウッドが辿り着いた「最後」の味わい

(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

近年のクリント・イーストウッド監督作品は、すべて実話ベースだ。『J・エドガー』(2011年)、『ジャージー・ボーイズ』(2014年)、『アメリカン・スナイパー』(2014年)、『ハドソン川の奇跡』(2016年)、『15時17分、パリ行き』(2018年)。最新作『運び屋』(3月8日より公開)もやはりそう。はたしてこれは何を意味しているのか。

前作『15時17分、パリ行き』ではついに俳優ではなく、現実の事件を体験した本人たちを起用、再現ドラマを超越する新たな映画作りに取り組んだ。それは究極の実話映画と呼ぶべき挑戦だった。

『運び屋』では一転、俳優クリント・イーストウッドを主演に「迎えた」。自身の監督作への登場は『グラン・トリノ』(2008年)以来10年ぶり。この決断の背景にあるのは何なのか。考えてみたい。

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己の肉体でドキュメンタリーを創り出す

2014年、「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された、史上最年長の麻薬の運び屋のエピソード。なんと逮捕時87歳の老人が、メキシコ最大の犯罪組織の下、メキシコからデトロイトまで麻薬密輸を請け負っていたという。

この物語に、撮影時87歳だったイーストウッドが挑む……つまり、素人を大胆不敵にメインキャストに構えて驚かせた『15時17分、パリ行き』とは真逆のアプローチ。だが、この手法こそが「実話シリーズ」最終章(とあえて呼びたい)にふさわしい、と監督はジャッジしたのではないか。

素人よりもさらに「リアル」なものは、己をさらすことに他ならない。この名優にも、その確信があったはずだ。80代後半を生きる自身の肉体を、そのまま差し出すこと。この物語は、後期高齢者がドラッグの運び屋をしていたことに最大のトピックがある。だとしたら「老いたイーストウッド」をスクリーンに映し出すことで、虚実を超えた「ドキュメンタリー」が生まれるのではないか。

演出・演技の双方に、そのような覚悟と隣り合わせの野心があり、監督と俳優は「共闘」したと考えられる。そして、そのことは序盤で明示される。

(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

年輪を重ねたからこその「虚勢」の行方

主人公は、かつては高級百合の生産者として名を馳せながらも、ネットの波に押され、農園も差し押さえられてしまった老人アール・ストーン。仕事に打ち込みすぎて、家族をないがしろにしてきたため、いまは孤独な日々を送っている。

そんな彼が、ふとしたはずみから、お金目当てで麻薬の運び屋をすることになる。お年寄りなので警察にマークされることもない。かくして、まさかの暗躍一大活劇が繰り広げられることになる。

冒頭、どうやらそれなりのプレイボーイ気質であるらしいアールが、ご婦人たちに小粋なお世辞を言うシーンがある。その台詞自体は微笑ましいのだが、俳優イーストウッドの声のかすれ具合、声量の小ささに驚かされる。87歳という年齢を考えれば当然の発声ではあるのだが、わたしたち観客は「タフガイ」としてのイーストウッドのイメージに取り憑かれている。「あぁ……」と消沈してしまうくだりだ。

だが、これこそが、監督=俳優の狙いなのだろう。わたしたちはここから、イーストウッドの声に耳をすまし、もはや完全に「老いた」男の一挙手一投足を見守るように映画に接することになる。

(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

悠々と一人での運転を愉しむアール。その姿は、孤独な冒険を享受しているようにも映るし、逆に年輪を重ねた末の虚勢にも思える。ドラッグが見つかりそうになるときは、人生経験と、持って生まれた図太さが役に立つ。窮地を切り抜けたときの余裕と、その傍にある、ほんの少しの心の汗を感じさせる芝居が、俳優イーストウッド最新の美徳。気がつけば、「あのイーストウッドが」という意識はすっかり薄れ、アールという老人の、決して本音は見せない強がりとハッタリに人間的興味をそそられている。

味わいは、枯れているばかりではない。むしろ、虚勢の先にあるはずの「弱さ」がスパイスとなる。これは従来のイーストウッドにはありそうでなかったテイストであり、87歳の肉体を演技に有効活用した結果、得られたものでもある。

組織の若者に、こんな仕事はもう辞めろ、と言ったりもするが、それが押し付けがましい説教にならないし、説得力のあるアドバイスにも聞こえない。ただ言ってみただけ、という風情に、この人物が過ごしてきた、決して順風満帆ではなかった人生が微かに透けて見える。その塩梅は絶妙だ。

「自業自得」という残酷な言葉は浮かばない。孤独と隣り合わせにある「欠落と無縁ではない」機微が、まるでお遊びのような犯罪行為の道行きに同行し、じわじわと観る者の心をざわつかせる。

(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

豪快に見えて実は繊細な情緒。純粋なようで案外、老獪(ろうかい)でもある語り口。一筋縄ではいかないから、人生も、人間も面白い。俳優イーストウッドはひょっとするとこれが見納めかもしれないが、これはその「価値」ある一本である。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)



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