2019/03/06 11:00

ネット時代だからこそ考えたい「町の本屋さん」の大切な役割

『マイ・ブックショップ』
3月9日(土)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国順次ロードショー
(c)2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

子どもの頃、駅前や商店街には大抵、小さな書店があった。話題の新刊少々に文庫、雑誌、コミックが中心で、品揃えはそこそこ。特に変わった本が置かれているわけでもない。だが、家に帰る途中でふらっと立ち寄って、棚に並んだ背表紙を見ているだけで、不思議と楽しい気分になれた。

書店とはそれがどんなに小さな規模であっても、世界には自分の知らないことがらや未知の物語が無限に存在していることを、どこよりもリアルに感じられる場所なのだろう。そして何より魅力的なのは、それは棚から抜き出して、手にとって見ることができるのだ。

だが最近、そんな町の「リアル書店」が恐るべきスピードで姿を消しつつある。日販(出版物の流通会社)の最新データによれば、全国の総書店数は10年前に比べて約3割減。反対に伸びを見せているのが、利便性の高い「ネット書店」や電子ブックなどだ。

はたして「町の本屋さん」はこのまま、歴史的な役割を終えてしまうのか──。そんなことを考えさせてくれる映画が『マイ・ブックショップ』(3月9日公開)だ。

本と文学への愛が満ち溢れた珠玉の一編

舞台は1959年のイギリス。緑深く風光明媚な海辺にある小さな田舎町。本を愛するフローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)が、戦死した夫との長年の夢であった書店を立ち上げようとしていた。古くて傷んではいるが趣のある“オールドハウス”を購入し、修繕やインテリアを自由に手掛け、そして自分の思い通りの本を揃えて分類し、やっと開店することができた。町で唯一の書店はすぐに繁盛し、世間で話題の先進的な小説「ロリータ」は大人気となる。しかし町の権力者ガマート夫人(パトリシア・クラークソン)は、オールドハウスを芸術センターにする計画を立てていたため、書店の人気を苦々しく見つめていた──。

物語はこんなふうに幕を開ける。映像、台詞、音楽……映画を構成するさまざまな要素の細部に至るまで、気持ちを込めて丁寧に創られたことが伝わる、そして本と文学への愛が満ち溢れた珠玉の一編だ。

劇中で重要な役割をはたす名作SF『華氏451度』

心安らぐ自然に囲まれた小さな町の日常を詩情豊かに映し出し、登場人物の個性を見事に表したファッションや可愛い雑貨にもセンスが光り、全体的に緑を基調とした色彩も美しい(そういえば主人公の名前もグリーンだ)。

何より繊細な印象を残す脚本が秀逸だ。いくつものアイテムが伏線としてさりげなく提示されるが、後からそこに別の意味が加えられ、それらが回収されるときは胸が締め付けられるように切なくなるのだ。

そんなアイテムの中でも重要な役割を果たすのが、アメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの小説だ。

本作では書店の行方と並行して、町一番の読書家で偏屈な老紳士ブランディッシュ(ビル・ナイ)とフローレンスの交流が描かれる。人嫌いで滅多に外出しないブランディッシュは、彼女の本に関する知識を信頼して推薦する本を家まで届けてもらうが、その中で彼がこれまでに感じたことのない感銘を受けたのが、ブラッドベリの『華氏451度』だったのだ。

1953年に書かれた『華氏451度』は本の所有が禁じられた架空の社会を描いたSF小説の金字塔だが、その空気感は本作の書店を閉店させようとする見えない力と通底し、小説で描かれる本を燃やすイメージが、本作の冒頭から引用されている。

さらに本作は、女性のナレーション(それが誰の声かが分かった時も小さな驚きと感動がある)によって話が展開するが、それを担当しているのがフランソワ・トリュフォー監督による映画版『華氏451』(1966年)の主演女優であるジュリー・クリスティというのが、なんとも粋な計らいだ。

女性の社会進出という現代的テーマ

また弦楽四重奏とピアノを中心とした音楽も、この時代のクラシカルな雰囲気と映像の落ち着いた色調にマッチしている。そして2016年のアルバム『ユー&アイ〜四季の歌』で注目された女性歌手アラ・ニ(ALA.NI)が歌う、本作のために書き下ろされた歌モノの曲は、場面によって登場人物の気持ちに合わせて変奏される。

エンドロールでは、劇中で語られるフローレンスの言葉「読書の後にも続く鮮明な夢」そのままに、余韻を楽しむようにピアノだけをバックにしっとりとバラード調で歌っている。

さて、ここまでは口当たりのいいことばかり書いてきたが、本作は夢に向かって頑張る女性の一所懸命な姿を描くだけでは終わらない。

フローレンスは、地域のためにもなると思っていたささやかな願いを、ごく自然に自分らしく形にしただけだ。しかしガマート夫人は、自分の意に添わないことを指摘して文句を言い、やがて権力を背景にそれを周囲に認めさせていく。

これは遥か60年前のイギリスの物語だが、その本質は今の日本と大して違わないだろう。そう考えると本作は、フローレンスの夢を女性の社会進出として捉え、より深く社会に目を向けた身近で骨太な作品だとも言える。

人と人との繋がりを作りだす町の本屋さん

町は閉鎖的、そこに住む人々は無知で古い価値観に縛られたまま、そして噂話が大好きだ。くだらない嘘がすぐに誰もが知る真実になってしまうが、その様子はフェイク・ニュースがSNSによって拡散する現在とまったく同じだ。

ガマート夫人が政治家の甥に入れ知恵をして、自分に都合のいい法案を通してしまうのも、どこかで見たことのあるような光景だろう。事実かどうかではなく、強い権力を持つ者の意見が正しいとされ、それが同調圧力という見えない重しとなって忖度を生み、やがて人々の日常をどんよりとした空気が覆ってしまうのだ。

逆に今の時代で参考に出来ることもある。例えば今やネットショッピングが当たり前になり、個人経営の書店が町から消えていく悲しい現実には、フローレンスとブランディッシュの関係がヒントになる。

ネットショップは自分の好きな世界を追求するのにはいいが、自分の興味を知らない世界へと広げるには、その道をよく知る人の意見が最適だ。結局は人と人との繋がりが大切なのだ。

たとえば銀座には森岡書店という一冊の本だけを売る書店がある。店主の目が届く程度の小規模店では、店主のセンスに共鳴する人々が、店主の嗜好が反映された店に集い、そこで世界を深め、そして広げてゆくのだ。

未来へと受け継がれるしなやかな意志

映画の話に戻ろう。温厚で心優しいフローレンスは、夢を実現するために初めて弱肉強食の厳しい社会に飛び込むことになった。その結果は各々が是非劇場で確かめていただきたいが、フローレンスのしなやかで強い意志は、彼女が育んだ人々との繋がりによって、しっかり未来へと受け継がれてゆくだろう。

本作は、世界で最も権威のある文学賞であるイギリスのブッカー賞受賞作家のペネロピ・フィッツジェラルドによる『The Bookshop』(映画の原題であり、劇中で表紙が少しだけ映される)が原作だ。そして『死ぬまでにしたい10のこと』(2003年)や『あなたになら言える秘密のこと』(2005年)で知られるスペインのイザベル・コイシェが監督。スペインのアカデミー賞であるゴヤ賞で、作品、監督、脚色の主要3部門を受賞したほか、様々な映画祭で多くの賞に輝いている。

今日の運勢

おひつじ座

全体運

焦らずのんびりいこう。プライベートの充実に力をいれると吉。...もっと見る >