2019/03/15 06:30

ココ・シャネルと帽子店から紐解く『サンセット』の謎

『サンセット』3月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開/配給:ファインフィルムズ
(C)Laokoon Filmgroup– Playtime Production 2018

長編デビュー作『サウルの息子』(2015年)で第68回カンヌ映画祭のグランプリ、第73回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、第88回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞するという快挙を成し遂げたネメシュ・ラースロー監督。前作の制作陣と一緒に作った待望の最新作『サンセット』が3月15日に公開されます。

1913年のブダペストの高級帽子店を舞台に、主人公イリスが自分の隠された過去を追ううちに、知らなかった兄の存在、帽子店の秘密や殺人事件といった謎の連鎖に巻き込まれていく傑作ドラマ。第一次世界大戦直前の激動のヨーロッパを緻密なプロット、伏線のあるセリフ、繊細な映像美で描いています。しかも、なぜ高級帽子店が舞台なのか――? ココ・シャネルをモチーフにしたかのような帽子店が象徴するものを探っていきましょう。

大きくなった帽子と女性の地位

サンセット シャネ風の帽子

イリス・レイター(ユリ・ヤカブ)が、ブダペストにあるレイター帽子店で帽子を試着するシーンから始まる物語。彼女は店の先代の娘で、両親が亡くなった後に孤児となり、トリエスタで帽子職人として成長していました。大人になった彼女は自分の過去を知るためにレイター帽子店で働きたいと望み、やって来たのです。

イリスが最初に試着している帽子は、店の売り子が「古い帽子」と呼ぶ“つば広”の帽子。1913年はヨーロッパのほとんどの国で女性の参政権がなく、これを是正するために女性解放運動が起こっていました。

その結果、1900年代初頭まで大流行していた胸が前に、ヒップが後ろに突き出るようにデザインされた「S字型コルセット」は廃れ、ドレスはゆるやかなシルエットになっていました。しかし、スカートがどんどん動きやすく細くなると、今度は帽子が大きくなり、広いつばはコサージュや羽飾りなど過剰な装飾で覆われるように。

サンセット ネタバレなし

左の女性が被る帽子はいわゆる“古い型”の帽子。つば広で装飾過剰なタイプ

ドレスが身体を拘束しなくなった代わりに、帽子が女性の頭に負担をかけるようになったトレンドは、歴史をとおして一進一退を繰り返す女性の社会的地位を表しているようです。

シャネルをモチーフにしたかのような帽子店

サンセット レビュー

1910年代の大きな帽子のことを「あんな大きなモノの下でどうやって脳が機能するの?」(※1)と疑問を呈したのはココ・シャネル。

孤児から酒場の歌手、そして女性のスタイルを永遠に変えたデザイナーへと華麗なる転身を遂げたシャネルはある富豪の愛人でしたが、経済的に自立するために帽子をデザインし売ろうと決意します。でもその愛人に反対され、もう一人の愛人で彼女の生涯の恋人ボーイ・カペルの資金提供を受けて、1913年頃に帽子店を開店。

サンセット 帽子店

シャネルがデザインした装飾の少ないシンプルで軽い帽子は瞬く間に大評判となり、彼女はその後、動きやすいジャージ素材を使ったドレス、パンツルック、水着、チェーンのついたバッグ(それまでの女性のバッグは小さなハンドバッグが主流で非機能的)など、ファッションをとおして女性の社会進出を助けました。

孤児院の生い立ちが象徴する女性と大衆の台頭

本作のヒロイン、イリスも孤児であり、作中、彼女が育った孤児院を訪ねるシーンでは孤児院の女の子たちがダークカラーの制服を着ていますが、これはシャネルが過ごした孤児院を想起させます。事実、シャネルが育った孤児院の、黒と白を基調にした修道女の服、制服やインテリアなどが彼女のインスピレーションの源だったのだとか。

例えば、現代女性服の定番である“リトル・ブラック・ドレス”は、シャネルが大流行させたことをご存知でしょうか? 当時、喪服の黒をドレスに使用することは非常識であり、レースやフリルで飾られたドレスこそが美しいと考えられていました。

ところが、彼女が打ち出したシンプルなリトル・ブラック・ドレスは、その斬新なシックさが女性たちに大人気となり、廉価なコピー製品が次々と売り出されたのです。つまり、リトル・ブラック・ドレスはモードを民主化したことから、ココ・シャネルの存在は女性と大衆の台頭をも象徴していると言えます。

『サンセット』が意味するヨーロッパ王室の終焉

ブダペストは「ドナウの真珠」と呼ばれる現ハンガリーの首都ですが、1913年はフランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリザベートの下、オーストリア=ハンガリー帝国という二重の君主国で、ブダペストとウィーンという二つの首都がありました。当時、これらの首都はヨーロッパの文化的中心でしたが、ブダペストには11の異なる民族があり、民族と民族、都市と地方、労働者階級と資本者階級の間で激しい対立が起こっていたのだとか。(※2)

サンセット 周年

レイター帽子店を訪ねる帝国の皇太子夫妻に興奮する従業員たち。レデイ伯爵夫人の屋敷を襲う怒れる労働者たち……。

本作には様々な社会階層やイデオロギーの人物が登場しますが、1913年におけるブダペストでは、旧世界と新世界が交錯し、ヨーロッパの社会的緊張が爆発する直前だったのです。実際に翌年の1914年には、皇太子夫妻がサラエボで暗殺されて第一世界大戦が勃発し、オーストリア=ハンガリー帝国は敗戦国となり、ついに滅亡してしまいます。

サンセット 映画

そして、第一世界大戦中に社会進出したヨーロッパの女性たちは参政権を獲得していき、女性解放運動や大衆民主主義が進み、ヨーロッパからは王室が次々と消滅していきました。

映画のタイトル『サンセット』は日本語で“日没”という意味。ネメシュ・ラースロー監督はその理由を「『サンセット』は、“岐路に立った文明”についての映画です。第一次世界大戦の前、歴史に刻まれることのない若い女性の物語をとおして、20世紀の始まりのプロセスを映し出します」と説明しています。(※3)。

スクリーンから私たちを見つめるイリス・レイターの瞳。1913年以降、文明の滅亡やテクノロジーの勃興、幾多の戦争を繰り返してきた人間に、彼女はこう問いかけているよう。「私たちは本当に正しい道へ向かっているの?」……と。

サンセット 舞踏

(文・此花さくや)

【参考】
※1…NAN.TALESE DOUBLEDAY 「CHANEL HER STYLE AND HER LIFE」 JANET WALLACH著
※2…白水社 「ブダペストの世紀末 都市と文化の歴史的肖像」 ジョン・ルカーチ著 早稲田みか訳
※3…映画『サンセット』プレス資料

(C)Laokoon Filmgroup– Playtime Production 2018



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