2019/03/20 17:00

なぜ、学園一の王子様はさえない女子に恋をするのか?

(C)「2019 L♡DK」製作委員会

渡辺あゆの超人気コミックを映画化した『L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』が3月21日から公開される。上白石萌音、杉野遥亮、横浜流星といった旬の若手が揃い、イケメン二人と共同生活を送ることになった女子高生のドキドキを描く。

少女漫画原作の実写作品は山のようにあるが、その代表的なモチーフに「学校一のイケメンが、なぜかさえない女の子をスキになる」というシチュエーションがある。この『L♡DK』も、物語の出発点はまずそこにあるし、映画でのエンディングも、この設定が昇華へと導かれる、ある種の到達点となっている。

時代がどんなに変わっても、このモチーフが繰り返されるのはなぜか? 考えてみたい。

イケメン二人とフツーの女子一人の同居生活

主人公、西森葵(上白石萌音)は親が転勤になったものの、親友と離れたくなくて一人暮らしをしている女子高生。彼女はひょんなことから、隣の部屋に住んでいた学校一のイケメン、久我山柊聖(しゅうせい)(杉野遥亮)と同居することになる。

第一印象は最悪。だが、一緒に暮らすうち、互いに惹かれ合っていく。しかし、校則では生徒同士の同棲など御法度中の御法度。発覚すれば退学は免れない。葵と柊聖は、共同生活のことはもちろん、恋人であることも隠しながら、学校生活を送っていく。

(C)「2019 L♡DK」製作委員会

……というのは、実はあくまでも前日談。二人が高校2年生のときの話だ。本作で描かれるのは、葵と柊聖が3年生になってからの物語。柊聖の従兄弟、久我山玲苑(れおん)(横浜流星)がアメリカから転入してくることから始まる。

柊聖より1歳年下の玲苑はチョー生意気。玲苑は、自分にとっては絶対的存在の柊聖が、見た目もスタイルもフツーそのものの葵と付き合っているという事実に納得がいかない。

玲苑の来日の目的は、柊聖をアメリカに連れて帰り、自分の父親の会社を継がせることだった。柊聖に負けず劣らずイケメンで学業優秀であるにもかかわらず、玲苑は自分に自信がもてないでいた。

葵と一緒にいたい柊聖。柊聖をアメリカに連れて帰りたい玲苑。柊聖は「一緒に住めば葵の魅力がわかるはず」と玲苑を諭す。「そんなら試してみようじゃないか!」と、本来ありえないはずの3人の共同生活が始まることになる。

フィクションならではの展開だが、そもそも葵と柊聖の関係はプラトニックなもの。だから、すがすがしいファンタジーとしての基盤は揺らがない。

玲苑はやがて葵の魅力を知り、彼女に好意をもつようになる。葵もまた、柊聖への想いは変わらないものの、柊聖の「家族」である玲苑と仲良くすることを、ごく自然に受け入れていく。そんな葵と玲苑の姿を見て、複雑な気持ちになる柊聖。彼もまた、人知れず悩んでいることがあった……。

(C)「2019 L♡DK」製作委員会

と、ざっとあらすじを書くだけでも、これだけの文字数を要してしまうのだが、まず、一つ言えることがある。

どんなにイケメンでも、コンプレックスの一つや二つはあるということ。

周囲からすれば、ルックスがよくて、スポーツ万能で、勉強もできる人に、悩みなんてあるの? 自信がないはずないでしょ? という気分にもなるが、それはあくまでも「他人のものさし」。ほんとうのコンプレックスは、その人自身にしかわからない。

イケメンにだってコンプレックスはある

これはイケメンに限らず、美人と呼ばれる人にも共通することだが、見た目が麗しい人たちは、その努力が認められない傾向がある。正確に言えば、他人はその人のビジュアルに見惚れてしまい、その人の努力(つまりは内面)にまで想いがいたらない。

あの人は何不自由なく人生を謳歌している。そのような、実は嫉妬が大半を占めている憧れは、外見だけでその人を規定する、かなり暴力的な行為と無縁ではない。

これは、天才と呼ばれる人の努力が認知されにくいという現象とも酷似している。わたしは天才じゃないから、美人じゃないから、イケメンじゃないから、わからない、わかるはずもない。こうした自己否定から出発した想像力の放棄である。

(C)「2019 L♡DK」製作委員会

たとえば、美しい人は美しさをキープするために人一倍の努力をしている。学業優秀な人もまた然り。天才には天才にしかできない努力が存在する。わたしたち凡人も少しだけ想像力を働かせれば、その努力を感知できるはずなのだが、なにしろ自己否定から入っているので、羨望の度合いが強くなって「その人を見つめる」ということがおろそかになる。

イケメン、美人、天才にかぎらず、ある特定のカテゴリーで一定以上の成果を出した人たちは、その人をよく知る周囲の人以外からは、必ずと言っていいほど「誤解」されていることだろう。そしてそのとき、美しさや才能もまた、コンプレックスにつながる可能性だってある。

偏見を乗り越える濁りのないまなざし=天真爛漫

本作のヒロイン・葵は、必ずしも柊聖や玲苑のコンプレックスを理解しているわけではない。だが彼女は、共同生活という場を通して、二人のイケメンを“イケメン”としてではなく、一個の“人間”として「判別」していく真っ当さがある。すべてが完璧に思える柊聖に対しての「物足りなさ」を、葵が吐露する場面がある。一方で、失礼きわまりない玲苑の「良さ」を発見して、冷静に述べる葵もいる。

(C)「2019 L♡DK」製作委員会

少女漫画のヒロインは天真爛漫であることが多い。だが、それは単純に「性格がいい」ということを表象しているわけではない。偏見から、どれだけ自由でいられるか。偏らず「その人自身」を見つめることができるか。性格ではなく、そのような「性質」があれば、どんなに地味に映る女の子でも、王子様のような男子と恋におちる可能性がある。

イケメンは偏見にさらされながら生きている。そんなとき、濁りのない目で見てくれる女子が現れたとしたら?

「学校一のイケメンが、なぜかさえない女の子をスキになる」というシチュエーションは、世の女性たちの妄想=シンデレラ願望を具現化しているだけではない。人や物を「濁りのない目」で見たい/見られたい、という想いをもっている女性たちに「響く」何かがあるからなのではないだろうか。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)



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