2019/04/08 06:30

「ドラッグ依存症の美少年」と「父の愛」と「再生」

(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. François Duhamel

優等生でスポーツ万能だった息子がドラッグ依存症に陥り、13回もの依存症再発により7つの治療センターを訪れた壮絶な8年間の軌跡を、父と息子のそれぞれの視点から描いた2冊の回顧録をもとに映画化した『ビューティフル・ボーイ』(4月12日より公開)。

主演を務めているのは『君の名前で僕を呼んで』(2017年)で1939年以来、最も若いアカデミー賞主演男優賞候補となり、一躍世界の注目を集めた美少年ティモシー・シャラメだ。

センセーショナルな主題でありながらも、家族の絆や依存症の現実を丁寧にすくい取った、本作の真の魅力を紐解きたい。

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依存症患者の実話を基にした物語を今、観るにあたって

このところ連日メディアでドラッグのニュースが飛び交う中、果たしてこのコラムで『ビューティフル・ボーイ』を紹介することが、どのような意味を成すのか考えていた。もちろんあのニュースが報道される前からこのコラムの企画は決まっていたし、まさか映画の公開前にこんな事態になろうとは想像だにしていなかった。

……と書くと、まるでその役者が出演していた映画の紹介をためらっているかのように思われるかもしれないが、リード文で触れた通り、これは外国映画であり、もちろん彼が出演しているわけでもなければ、実話ベースとはいえ、赤の他人の話にほかならない。

ただ、あまりにも映画に登場する依存症を巡る本人や、それを支える家族の苦悩の描かれ方がリアルで壮絶だったため、偶然このタイミングでコラムを書くことになった因果について、考えざるを得なかったのだ。

前置きが長くなったが、あえてこんなことをつらつらと書いたのは、結果的にこの数日間で考えたことについて触れたほうが、より一層『ビューティフル・ボーイ』という映画が伝えようとすることの本質に迫れるような気がしたからだ。

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モデルとなった少年は、いまやNetflixの人気ドラマの脚本家

繰り返しになるが、大前提として伝えたいのは、「この物語は実話であり、依存症に陥った本人とその父親の回顧録をもとに映画化されている」ということである。つまり、想像を絶するような依存症から奇跡的な生還を果たした人物の物語だ。

これはネタバレでもなんでもなく、主人公のモデルとなったニック・シェフ本人(1982年生まれ)は、今この瞬間も生きている。しかも、8年という歳月をかけて依存症を克服し、Netflixの人気ドラマ「13の理由」の脚本家として活躍しているということも、紛れもない事実である。

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アメリカ中で絶賛を浴び、ベストセラーとなった2冊の回顧録をもとにしていることは既に紹介したとおりだ。しかし「当事者」と「それを見守る父」という異なる2つの視点を統合して「1本のドラマ」として紡ぎ上げるというアイデアを生み出したブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントの企画力と、英語圏での映画制作は初となるベルギー生まれのフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督の手腕には、惜しみない拍手を送りたい。

なぜなら、こういった作品こそが「映画やエンターテイメントという表現形態でしかたどり着けない境地を描くこと」が一体どういうことなのかを、我々にも理解させてくれるからだ。

映画のタイトルは、ジョン・レノンが息子に捧げた名曲から

映画のタイトルは、1980年11月に発表されたジョン・レノンとオノ・ヨーコの最後のアルバム『ダブル・ファンタジー』の収録曲である「ビューティフル・ボーイ」から。ジョン・レノンが当時5歳だった息子のショーンに捧げた曲として知られる。日本でも資生堂のコマーシャルにショーンが出演した際に流れていたことから、サビの部分はきっと多くの人が耳にしたことがあるはずだ。

この楽曲は、劇中でも父デヴィッドが、幼き日の息子ニックに「子守歌」として歌い聞かせる回想シーンで使用される。“人生は長い道のり。毎日、あらゆることが少しずつ良くなっていくんだよ”というフレーズが、父の心情と見事に重なり、観る者の胸を打つ。

ちなみに、デヴィッドはアメリカの有名雑誌「ローリング・ストーン」などで執筆を行う、フリーの音楽ライターだった。ジョン・レノンの生前最期のインタビューを担当したのが、実際にデヴィッドだったというから驚かされる。

父と息子の深い絆があっても断ち切れなかった誘惑

少年や少女が非行に走る原因としてしばしば挙げられるのが、「親の愛情に飢えていたから」。だがこの映画で描かれるのは、息子の幼少時に離婚しているという事情はあるものの、傍から見れば世間一般の家族よりもずっと絆が深いと言えるであろう、父親と息子の関係性の移り変わりだ。

成績優秀でスポーツ万能、文才にも恵まれ、将来有望だったはずの自慢の息子が、大学に入った途端に道を踏み外し、ありとあらゆるドラッグにまみれ、別人のような有様となったのを目の当たりにした父親の衝撃と混乱が、手に取るようにスクリーン越しに伝わってくる。

「一体なぜ……?」誰もが尋ねずにはいられないその理由は、息子であるニックの視点から語られる。父の再婚相手である義理の母や、異母兄妹となる幼い子どもたちの前でも、常に「自慢の息子」として振る舞ってきた自分のアイデンティティが、親元を離れたことで揺らぎ始めた時、軽い気持ちで手にしたドラッグに救われた。そして、その後も誘惑にあらがえない自分を恥じるがゆえに、どんどんエスカレートしていってしまうのだ。

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ニックの心情は、依存症再発の治療センターで、同じ依存症を患う仲間を目の前に吐露される。「ある日、クリスタル・メス(ドラッグ)をやってみた。そして、こう思った。“これが足りなかった”」。彼が発する言葉の重みは、映画を観ればきっと伝わるはずだ。

一度踏み入れてしまった誘惑から逃れることの難しさを、一体誰が咎めることが出来るのか。もちろん自らの強い意志だけで立ち直れるという人も、きっと世の中にはいるだろう。だが、世の中の多くの人間は、人知れず悩みや生きづらさを抱えている。ゆえに、一人で抱えるのではなく、周りのサポートが必要となるのだろう。

堕ちていく様までも美しいシャラメと、苦悩する父親を体現するカレル

純粋無垢な美少年から一転、重度の依存症患者になり切ったティモシー・シャラメの変貌ぶりにも、『君の名前で僕を呼んで』で彼の虜になった人なら、必ず目を奪われるはず。もちろん、この映画で初めてシャラメを知ったという人も、グレン・クローズら大物女優からも息子のように愛される彼自身の、美貌だけではない人たらしぶりや、美しいからこそより一層際立つ繊細な演技の素晴らしさに、打ちのめされるに違いない。

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一方、『フォックスキャッチャー』(2014年)で演じたような役柄とはまったく別人ともいえるスティーヴ・カレルの父親像に、「自分がもしその立場になったらどうするか」と考えさせられる人も多いことだろう。ニュースなどで報じられる依存症患者を「自己責任だ」と突き放せるのは、赤の他人だからなのだ。

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「実話をもとにしたフィクション」だからこそ考えられる苦闘

今こうして実際にあった出来事を映画として振り返ることが出来るのは、何度裏切られても息子を信じ続けた家族の愛と献身、本人の努力にほかならない。そして実話をもとにしたフィクションという形であるからこそ、そこに映し出された光や音、俳優たちの力によって、このとてつもなく辛い8年間を見守ることが出来るのだ。

冒頭に書いた、「8年間」という期間をどう捉えるかを、映画を観た後で再びじっくりと考えてほしい。もはや自分の力だけではどうにもならないところまで行ってしまった人間に差し伸べられる手は、きっと家族だけではないはずだ。ニック・シェフの現在の活躍を知り、改めてそう強く感じる。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)

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