2018/06/23 11:00

「報道のTBS」は小林麻耶を採用したことでアイドルアナウンサーの巣窟となった |TBS 1951〜2018年


かつて日本に「女子アナ・ブーム」が巻き起こったことを覚えていますか? |フジテレビ 1961〜2018年
http://tablo.jp/media/entertainment/news003398.html

楠田枝里子、ユニット「DORA」、夏目三久、水卜アナという怪物を排出した局 |日本テレビ 1956〜2018年
http://tablo.jp/media/entertainment/news003424.html


 これまでフジテレビ、日本テレビに所属していた女子アナの足跡をたどってきました。今回はTBSの女性アナウンサーの歴史をプレイバックしてみたいと思います。

 TBS(当時はラジオ東京)は1955年(昭和30年)に日本で2番目の民間放送テレビ局として開局しました(民間初は日テレ)。1959年には、ほかの放送局に先駆けて民間初のニュースネットワーク「JNN」を締結。これにより、TBSは「民放の雄」や「報道のTBS」と呼ばれたように、当初は日テレやフジに比べてバラエティ色が薄く、報道重視の姿勢が顕著になっていきます。

 その影響もあってか、1950~1960年代におけるTBSの女性アナウンサー採用数はかなり多いのが特徴です。
 TBSのアナウンサーは入社年で「〇期生」という呼ばれ方をしていて、第1期生(1951年入社)の女性アナウンサーは植村二三子、高橋百合子、大野方子、高杉恵津子、玉井和子、楢木昭子、本田節子、武藤和子の計8名(敬称略)。その後も第2期生(53年入社)で4名、第3期生(54年入社)で2名、第4期生(55年入社)で4名と、毎年かなりの人数を採用しています。
 ちなみに開局年の1955年より前に採用されているのは、TBSの前身で1951年に設立されたラジオ東京への入社だからです。

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