2017/06/07 23:00

藤田ニコルの矛盾。いじめ加害者へのネットリンチを心配「いじめた側の子たちが一生罪悪感を背負っていかなきゃいけなくなっちゃう」

 2015年11月に、茨城県取手市で中学3年生の女子生徒がいじめを理由に自殺した問題。市の教育委員会は当初いじめの存在を否定していたが、文科省の指導を受けると今年の5月末に発言を撤回して女子生徒の両親に謝罪をした。6月4日の『サンデー・ジャポン』(TBS系)ではその謝罪の様子が放送され、女子生徒の父親が声を震わせながら、「謝罪に心が本当にこもっているかどうかはまだ信じておりません。信じておりません」と、静かに怒りを表す場面が映し出された。

 この後、番組はVTRから生放送のスタジオに移る。そこでこの問題について一番最初にコメントを求められた藤田ニコル(19)は、「いじめた側の子たちが一生罪悪感を背負っていかなきゃいけなくなっちゃうし、今(いじめた側は)高校に入っていると思うけど、ネットで犯人探しがあるんじゃないかと心配、(学校に)行きづらくなるかなって」と、被害者側についてのコメントをすることなしに、加害者の人権に言及。これにテリー伊藤(67)も賛同し、「いじめた側の親御さんも、子どもたちをどう守るか、これはすごい大切」と続ける。しかしテリーの言葉を遮るように西川史子(46)が「いじめた側は、一生贖罪として残していかなきゃいけない。1人の人を死なせてしまったっていうのは絶対に受け止めて生きていかなきゃいけない」と割って入った。

 一連の流れに違和感を覚えた視聴者たちがネットにコメントを投稿し、主に藤田ニコルとテリー伊藤の発言への疑問が多く上がっている。いじめが揉み消されそうになっていた事実を受け、まず頭に浮かぶのが加害者擁護というのは一体どういう思考回路なのか、ということだ。

 確かにネットで加害者を吊るし上げる“私刑”が横行することは大変な問題で、対策を検討する必要もあるだろう。しかしニコルの「いじめた側の子たちが一生罪悪感を背負っていかなきゃいけなくなっちゃう」という心配には首を傾げざるを得ない。人が1人亡くなっているにもかかわらず、重い罪悪感を背負う必要はない、と考えているのだろうか。テリーの言う「いじめ加害者である子どもたちをどう守るか」という点も、もちろん加害者も児童である以上は守るべき対象だが、まず親がすべきは我が子に反省と贖罪を促すことだろう。議論が進んだ段階でのコメントならまだしも、VTR後一発目にその観点を提示すべきではなかっただろう。

 ニコルは中学時代にいじめの被害にあっていたとテレビで告白したことがある。同級生や先輩から大声で悪口を言われたり、写真に画鋲を刺されたり、土下座を強要されたりして、不登校にまでなった……という。彼女自身は、そうした屈辱的な経験、恐怖をもたらして自分の学生生活に影を落とした加害者たちに対して「罪悪感とか持つ必要ないよ」と思えるのだろうか。

(ボンゾ)

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