2017/10/12 18:50

いつの時代も汗をかいて走る萩本欽一【ザテレビジョン35周年特集】

“最後の公演”と発表された「やっぱりコント55号」('91年、銀座・博品館劇場)に密着
“最後の公演”と発表された「やっぱりコント55号」('91年、銀座・博品館劇場)に密着

ザテレビジョンが創刊35周年を迎えた。日本のテレビ史を見つめ続けてきたそのあゆみを、過去の記事からピックアップして振り返る【ザテレビジョン35周年特集】。今回は、東京・浅草の劇場から飛び出してテレビ界のトップに躍り出た、萩本欽一に注目する。テレビという“おもちゃ”を使って、縦横無尽に遊んでいるようにも感じた“欽ちゃん”の、とある「最後」を捉えた記事を紹介する。

■ 視聴率100%男と呼ばれたテレビ界のアイデアマン

“欽ちゃん”の愛称で親しまれる萩本欽一は、’41年5月7日、東京都台東区生まれ。コメディアンが司会をするなどという前例がなかった時代に「スター誕生!」('71年~'83年、日本テレビ系)や「オールスター家族対抗歌合戦」('72年~'86年、フジテレビ系)、「日本テレビ音楽祭」(’74年~’90年)の司会などでお茶の間の人気者に。‘70年代にニッポン放送で放送されたラジオ番組「欽ちゃんのドンといってみよう!」をテレビ番組化するというアイデアから生まれたバラエティー番組が、日本中を夢中にさせることになる。番組スタッフたちも「テレビでハガキを読む番組だって!」と嘲笑する中、5年間の構想と1年の準備期間を経て'75年にスタートしたのが、「欽ちゃんのドンとやってみよう!」(フジテレビ系)だ。

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