2018/03/16 18:00

30代で始める殿様生活 井伊直弼のオタク道

神奈川県横浜の掃部山公園に立つ井伊直弼像。横浜開港の恩人として建てられたものだが、ホンネは鎖国攘夷派だった直弼本人は複雑な思いかもしれない。
神奈川県横浜の掃部山公園に立つ井伊直弼像。横浜開港の恩人として建てられたものだが、ホンネは鎖国攘夷派だった直弼本人は複雑な思いかもしれない。

■ 生まれた時からニートの人生

井伊直弼のイメージといえば、安政の大獄という大弾圧を行なって、逆らう者みな死罪にしたコワ~い人。こんな感じだろう。確かに井伊直弼は幕府の大老として、吉田松陰や橋本左内といった有能な人材を死罪にした張本人。ちなみについたあだ名は「赤鬼」で、当時の人々からも恐れられていたことがわかる。しかしそのパーソナリティーに目を向けると、井伊大老のイメージはガラリと変わる。

文化12年(1815)10月29日、直弼は彦根藩主・井伊直中の十四男として生まれた。直中は子だくさんで、男だけで15人。直弼はその14番目で、彼が生まれた時にはすでに兄の直亮が家督を継いでいた。殿様の息子といっても、家督を継げなければ「ムダ飯食らいの厄介者」と扱われるのが当時の武家の常識。他家に養子の口を見つけるか、出家して寺に入るか、さもなくば生涯兄の世話になって日陰者人生を送るか。直弼には最後の道しか残されていなかった。

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