2017/08/11 20:00

大人たちを虜に!昭和な渋谷、其の二、歓楽街の面影を残す「百軒店・円山町」

百軒店は昭和に入ると飲食店やカフェー、映画館などが続々と集まり、娯楽の中心地として最盛期を迎える。 百軒店とともに街を発展させたもう一つのエリアといえば、坂の上の円山町。かつて花街として栄え、大正期には400人の芸者衆を抱えていた。

歓楽街と花街の艶に 酔い、名店で憩う

「昭和30年代、渋谷は文化と音楽の街でした。百軒店には映画館が3軒もあって、渋谷駅から送迎バスが出ていたんですよ」 と、当時の写真を見せてくれたのは、『たるや』の3代目店主・吉田 誠さん。


(たるや)渋谷生まれの店主が 祖父母から引き継いだ店

写真:鰹が香る澄んだスープの牛すじ煮

たるや
https://matomeshi.jp/articles/19


そう、戦後の渋谷で一番の繁華街は、道玄坂の中腹にある百軒店だった。 歴史は、大正12年の関東大震災直後に遡る。コクドの前身である箱根土地株式会社が「百貨店」のコンセプトで、被災した下町の老舗や有名店を誘致して計画的に商店街を作ったのが原点だ。当時の賑わいを、竹久夢二は『渋谷百軒店夜景』に「百軒店で軒別に見歩くのはおっくうになった」と語っている。

下町の復興とともに当初の有名店は去ったが、昭和に入ると飲食店やカフェー、映画館などが続々と集まり、娯楽の中心地として最盛期を迎える。特にジャズやロックを聴かせる喫茶店が脚光を浴び、活況を呈していた。現在も当時と変わらぬ姿で歴史を重ねる『名曲喫茶ライオン』は、まさに街の生き証人的存在。現在のオーナー・石原圭子さんはその頃を振り返る。


(名曲喫茶ライオン)都内最古の名曲喫茶は、昭和文化遺産的な存在

写真:半世紀以上の歴史が刻まれた風格ある佇まい

名曲喫茶ライオン
https://matomeshi.jp/articles/17


「最初は流行歌を流していたんですよ。なにしろ歌声喫茶が流行っていた時代でね。でもお客さんが持ってきたクラシックレコードをかけてからは、クラシックだけになった。当時の店内は学ラン姿の学生たちでびっしり埋まっていたもんです」

路地裏には、昭和26年創業のインドカレーの名店『ムルギー』、定食屋『とりかつCHICKEN』などがあり、同じように昭和の味と歴史を受け継いでいる。


(とりかつCHICKEN)変わらぬ味とボリューム 人情味あふれる定食屋

写真:とりかつ、ハムかつ、コロッケがのる、人気定食

とりかつチキン
https://matomeshi.jp/articles/18


 百軒店とともに街を発展させたもう一つのエリアといえば、坂の上の円山町。かつて花街として栄え、大正期には400人の芸者衆を抱えていた。『おでん割烹ひで』の板前さんによると、「昭和の時分、街には三味線の音色が聞こえていましたよ」


(おでん割烹ひで)花街に育てられた粋な味わい

写真:大根216円、空豆108円、椎茸チキン324円、牛すじ324円など、おでんは108円~540円

おでん割烹ひで
https://matomeshi.jp/articles/20


昭和39年の東京オリンピックを境に様子は一変。花街の灯りは徐々に小さくなり、料亭や置屋はラブホテルへと変わった。そして現在、ライブハウスやクラブなどが界隈に新しい表情を与えている。駅周辺の再開発の波は今のところ、百軒店・円山町を飲み込むことはなさそう。店も客も世代は変わりつつも、華やかな情緒がひっそりとここに息づく。

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