2017/05/24 14:00

「清く正しく美しい」タカラヅカの舞台にエロスはあるのか。異色の男役トップスター紅ゆずるが体現するもの

 劇場へ足を運んだ観客と出演者だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

 撮り直しやテクノロジーによる底上げができない“生身”での勝負を日々繰り広げている舞台俳優たちには、確かな実力や高い技術を持ち合わせているというイメージがあります。そのひとつが、宝塚歌劇団。劇団を卒業後に芸能界へ転身した元タカラジェンヌたちは、芝居はもちろん歌やダンス、着物姿での所作までカンペキ、と思われがちですが、「本当に?」と聞かれれば、演劇好きだけでなくヅカファンのなかでも賛否両論、心もち否定意見が多め……が実情です。

 では、舞台というフィールドの中でタカラヅカは劣るのか、といわれれば、それは「違う」と明言できます。タカラヅカの魅力は、現在放送中のドラマ風にいえば「見た目が100パーセント」。その“見た目”を作り上げるために、少なくとも芝居心は大切な要素です。現在東京宝塚劇場で上演中の星組公演「スカーレットピンパーネル」と、主演の男役トップスター・紅ゆずる(くれない ゆずる)を例に、改めて考えてみました。

性愛描写は“朝チュン”まで

「清く正しく美しく」というモットーで知られるタカラヅカとエロチシズムは、一見すると対極に存在するもののように感じられると思います。タカラジェンヌの年齢や本名は基本的に非公開、プライベートな部分や清廉なイメージを守るため、報道情報や作品の演出方法には「すみれコード」という一定の基準が設けられています。性愛描写はキスシーンや、男女が結ばれたことを暗示する“朝チュン”がせいぜいです。

 セクシーな描写のないタカラヅカのどこにエロスがあるかというと、文字通り「見た目」です。タカラヅカが愛される理由は劇団員の容姿端麗さが最も大きいのですが、それと同じくらい大きな比重を占めるのが、タカラヅカの作品には、トップスター演じる主人公とヒロインのあいだに必ず愛があるという安心感。たとえ悲恋に終わる物語でも、麗しい男性が結ばれるべき女性をひたすらに愛する姿と、その顔にときめくのです。実際、ファンが「エロかった~!」と評するのはほとんど男役。作品が “男尊女卑”な作りであることも根底にあるのですが、歌舞伎のような倒錯的なエロスというよりは、生々しさが排除された異性としての魅力です。

 ファンの大半を占める女性の心を動かすのに、歌やダンスの超絶的な技巧は必ずしも必要とはされていません。大切なのは整った外見と、ファンの求める“絵”を察して表現できる芝居心。紅ゆずるは、まさにその典型です。

 紅が主演している「スカーレットピンパーネル」は、タカラヅカの代名詞ともいえる「ベルサイユのばら」と同背景の作品。フランス革命後、独裁化を進めていく革命政府が無実の貴族まで弾圧するなかで、紅が演じるイギリス人貴族パーシーは友人たちと“スカーレットピンパーネル”を名乗り、身元を隠して貴族たちをひそかに救い出していました。新婚の妻マルグリットはかつてフランス革命の女性闘士として活躍していましたが、変貌してしまった革命の理念に失望。距離を置いていたはずが当時の恋人で革命政府の公安委員ショーヴランと再会し、スカーレットピンパーネルの正体を探るよう脅されます。

 イギリスの作家バロネス・オルツィの同名小説を原作に、1997年にブロードウェイでミュージカル化。タカラヅカでは2008年に星組で初演され、10年の月組で再演されています。ブロードウェイではスカーレットピンパーネルの活躍に比重が大きく描かれているのですが、タカラヅカではお互いに秘密を抱えてしまった夫婦のすれ違いを軸に展開します。

 紅の外見は、一般的にはいま放送されている宝くじのテレビCMで目にすることが多いかもしれません。いかにもタカラヅカ男役! な涼しい顔立ちなのですが、思い切りのよすぎるコメディ演技が得意な個性派で、本人もかなりのお笑い系。

 手足は驚くほど長いのに、正直ダンスはうまいとはいえず、歌はミュージカルとしての及第点、といったところ。にもかかわらず、ファンがタカラヅカで見たいと思っている「美しいもの」のすべてを見せてくれる演者なのです。

 パーシーは世間を欺くために、ふざけた言動をとったりトップスターとは思えないような変装をしたりする場面も多く、コメディに寄りすぎてしまえば到底かっこよく見えないはずなのですが、舞台から去る一瞬だけ見せる凛々しい表情ですべてを取り繕ってしまえるのは、紅の芝居心のなせる技です。

 婚約から結婚までの場面では、幸せな恋人同士そのものの笑顔のチャーミングさ。結婚式の最中に知ってしまったマルグリットの疑惑を前に、笑ってみせながらもその中に哀しみとつらさ、困惑をにじませます。さらに、友人たちとの楽しい談笑を装いながらも彼らの目を盗んで、距離が生まれてしまった妻へ向ける視線の切なさ……、どこから見てもきれいで、目が離せません。

特に目を奪われたのが、マルグリットを演じる綺咲愛里(きさき・あいり)との、頬への接触でした。あなたと結婚できて幸せ、とほほ笑む新妻の心を疑いながら「僕もだ」と返したときの、彼女の手を自分の頬へ当てる仕草。そして終盤、誤解が解けて愛を再確認し「もう一度結婚式だ!」と妻の頬を軽く指でつつく動作に、客席の興奮は最高潮に達しました。

 タカラヅカでは、公演期間中に一度だけ、入団7年目以下の若手のみで同じ作品を演じる「新人公演」が行われます。新人公演でトップスターの役を演じることは出世への登竜門なのですが、08年の「スカーレットピンパーネル」初演の新人公演で主演したのが、紅でした。

 それまで紅は主要な役に恵まれたことはほとんどなく、新人公演の主演も最後のチャンスにして唯一の、大抜擢といえる配役でした。この新人公演は宝塚大劇場で観劇しましたが、登場場面の主題歌のソロでは声が震えていて、外見だけのコなんだなと思ったのに、演じているうちにどんどん“主人公”になっていって「タカラヅカのスター誕生」の瞬間に立ち会うことができた感動は、忘れることができません。

スターが生まれる瞬間

 殺陣では下半身がフラフラだったし、高い技術で観客を納得させたわけでは、決してなかった。もしかしたら「オーラ」と呼ばれるものなのかもしれませんが、それまで与えられたどんな小さな役でも、物語の本筋とは関係ないところまで細かく役作りにこだわっていたという紅の、お芝居を愛する気持ちと努力が結実した結果なのだろうと感じています。

 舞台は総合的なエンターテイメントで、表現方法は多種多様です。カリスマ性と高い実力を持ち合わせた圧倒的な俳優の一人芝居もあれば、個々は目立たずともたくさんのアンサンブルによる“数の力”で魅せる作品もあります(余談ですが、タカラヅカの特徴は未婚女性のみの劇団員での構成ですが、他興行とのもっと大きな差は、「1作品に出演する人数の数が異様に多いこと」です)。

 作品を完成させるための、最後にして最大のピースである観客の求めるものはなにか。緻密に練られた脚本や圧倒的センスの演出ですら、必ずしも正解ではありません。一般的な技術よりも、ときめかせてくれるかどうかーートップスター紅の笑顔、そしてそれを最高に彩ってくれる物語こそが、タカラヅカにとっての最高にセクシーな“正義”なのです。

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