2018/03/09 19:00

東京・大森、封印された「女性たちの嘆き」の歴史

●丘の上の景勝地と海岸沿いの料亭街

 1872年、新橋−−横浜間に日本初の鉄道が敷かれた。そして早くも76年には京浜間最初の駅として大森駅ができている。大森駅の西、山王の天祖神社横の八景坂を上った一帯は、江戸時代、東京湾を見下ろす景勝地であり、広重も描いたほどであった。84年には坂の上に八景園がつくられた。

 八景園とは、実業家・久我邦太郎が八景坂上の畑や草原など1万坪を買い取って命名したものであり、50坪の大広間をもつ総萱葺きの家を建て、当時有名だった江東区の中村楼に料亭三宜楼を開業させ、皇后の来駕もあるほどだった。

 1889年になると東海道線が新橋から神戸まで全通し、住宅地、別荘地としての山王の人気はますます高まった。88年には山王に会員制の小銃射撃場ができ、1924年にはテニスコートも併設された。このテニスコートは今でも残っている。

 明治後半からは井上馨ら当時の政財界人の別邸ができ、山王の高級住宅地イメージができあがった。1906年には加納久宣 (子爵。鹿児島県知事)らが発起人となり社交クラブ「大森俱楽部」が創設された。加納家は将軍吉宗の側近として仕え、大名に取り立てられ、上総一宮藩主となった家柄であり、久宣の息子の久朗(ひさあきら)は千葉県知事、日本住宅公団初代総裁となった。

今日の運勢

おひつじ座

全体運

周囲のノリから浮いてしまいそう。きつい一言でムードをこわさ...もっと見る >