2017/09/26 17:00

【サウンドクリエイター・志倉千代丸】シルク100%のシーツで眠る夢の中の作曲術

ゲームミュージックの制作やアニソンシンガーへの楽曲提供など、サウンドクリエイターとして作曲から作詞まで取り組んでいる志倉千代丸さん。音楽以外にも、アドベンチャーゲームの名作「STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)」では企画原作を手がけ、ライトノベルの執筆や、インターネットを活用した通信制高校の創立にも携わり、理事を務めるなど、オールラウンドに活動。
 
今回はそんな志倉さんの創作活動に関わるストイックなネタ集めや、作品の制作にも大きく影響を与えているというユニークな睡眠事情についてお話を伺いました。

目次

  • 1.少年時代に夢中になった遊びは「妄想パソコン」
  • 2.原作ファンを越えることが目標! ゲーム・アニメ音楽制作の裏側
  • 3.リラックスタイム=ひらめきタイム。常にアンテナを張る日常
  • 4.睡眠について研究して見つけた志倉流安眠法

少年時代に夢中になった遊びは「妄想パソコン」

少年時代に夢中になった遊びは「妄想パソコン」

──作曲やゲーム制作など、自由自在にプログラミングして、活躍の場を広げている志倉さんですが、そもそもパソコンやコンピューターに興味を持ったのは、いつごろなのでしょうか?
 
「小学生のころですね。僕が小学生だった1980年代は、まだ一般家庭にコンピューターが普及していない時代で、憧れの象徴でした。当然、我が家にもコンピューターはなかったので、コンピューター雑誌の付録としてついてきた“紙のキーボード”でカチカチと打ち込む遊びをしていたんです。ひたすらタイピングの練習をしたり、雑誌に書いてあるプログラミングのリストを打ち込んだりして、憧れを妄想で満たしていました。すべて、脳内にある画面にちゃんと入力されていましたよ(笑)」(志倉さん)
 
──想像力豊かな少年だったのですね。では、それからどうやって本物のパソコンに触れるようになったのですか?
 
「ひとりで『妄想パソコン』に没頭している僕を見て、両親がふびんに感じたのか、ある日30万円ぐらいする高価なパソコンを買ってくれたんです。念願の“マイコン”です。早速、当時ゲームセンターで大流行していた『ハイパーオリンピック』を真似したゲームを作りました。ある程度のプログラミングの知識はあったので、アスキーアートのような単純な見た目のゲームならお手の物でした」(志倉さん)
 
──自作したゲームで友人と遊ぶことはありましたか?
 
「自分でプレイしたり、友達を家に招いてゲーム大会を開催したりしていましたね。当時は、そのためだけに、眠る時間を惜しんでプログラムを打ち込む日々でした。そんなある日、ゲームが完成間近というタイミングで、父親のいたずら心によってパソコンの主電源を一瞬切られるという『大事件』が勃発し、データがすべて飛んでしまったことがあったんです。かなりのショックで半日泣き続けましたが、この経験によってこまめなデータ保存の重要性を学びました(笑)」(志倉さん)
 
──そんなプログラミングに夢中だった少年がいつ、どんなきっかけで音楽に興味を持ち始めたのでしょうか?
 
「中学生のころでした。一つのきっかけは『女の子にモテたかったから』です(笑)。当時はバスケットボールや水泳などの部活動に積極的に取り組んでいたものの、まあそうでもなくて…(苦笑)。そこで、これならモテる! と確信して、当時流行っていたロックバンド「BOØWY」や「BUCK-TICK」のコピーバンドを始めたんです。ただ、パート決めのじゃんけんで負けてしまって、一番人気がなかったドラムを担当することになったのは想定外でしたけど(笑)」(志倉さん)
 
──当時からオリジナルの楽曲も作っていたのですか?
 
「僕らのバンドは、活動初期からオリジナル曲をやっていました。ピアノが弾けたので僕が作曲を担当し、そのメロディーに合わせて作詞も始めるようになりました。自主制作でCD を数枚売り出す程度のアマチュアバンドでしたが、そこそこ人気はあったんですよ。ある裏技を使って、ライブハウスに400〜500人ものお客さんを動員し、地元の『最多動員バンド』になったこともあります」(志倉さん)
 
──そんなに集められるとは! 一体、どんな手を使ったのですか?
 
「実は高校卒業後に、新聞の求人広告欄で“中学校の用務員”の募集を見つけて、就職したことが関係しています。ライブの呼び込みをするためには、バンドに興味がありそうな学生が大勢いるところがいいと思っていたので、まさにぴったりでした(笑)。19歳の用務員が珍しかったのか、ゴミ箱を抱えた長蛇の列のほとんどが女子! ちょっとした握手会状態でしたね。あれが人生で一番輝いていた瞬間だったんだと思います(笑)。アイドルみたいにちやほやされたので、その人気にあやかって、学校の近くの焼肉店の駐車場でライブのチケットを販売していました。いま思えば、『中学生相手に何してるんだよ…』という感じですよね。一歩間違えたらPTAから怒られてしまう大問題ですし。まぁそれが僕の個人的な『ロック』だったワケなんですが…」(志倉さん)
 
──確かに(笑)。でも、女子中学生からしたら「憧れのお兄さん」だったのかもしれないですよね。その後、用務員からどういった経緯でサウンドプログラマーになられたのかも気になります。
 
「これにも、紆余曲折がありまして…。まず、20歳ごろに用務員を退職して、本格的にC言語というプログラミングの勉強をしてNECの子会社に就職したんです。そこで、旧インターネット回線の『ISDN』を研究開発するプロジェクトチームの一員となり、バリバリ仕事をこなしていくつもりだったのですが、僕のようなひよっこプログラマーに重責を与えられるはずもなく、主な仕事内容はプログラムに間違いがないかチェックする『デバッグ』というもので、これがあまり面白くないんですよ。おまけに“押すな”と書いてあるサーバーのスイッチを覆うダンボールをちらっとめくっただけでも上司に怒鳴られる始末。それでますますやる気をなくしてしまった最弱な僕は、逃げるように退職し、次の仕事を探していたときに、『ファイヤープロレスリング』や『フォーメーションサッカー』などのスポーツゲームで一世を風靡していたヒューマンというゲーム会社に興味を持ったんです」(志倉さん)
 
──どのような点に惹かれたのですか? やはり幼いころから興味があった“ゲ—ム”という仕事だったから…?
 
「それはもちろんですが、『ゲームは面白いのに、サウンドはポンコツだなぁ。僕だったらカッコいいサウンドが作れるのに!』という非常に図々しい上から目線の気持ちを抱いていたんです。きっと若気の至りってやつですよ(笑)。思い切って面接で『僕がヒューマンを変えてみせます!』と強気な姿勢で臨んだら、まさかの合格。そこから僕のサウンドプログラマー人生が始まりました」(志倉さん)
 
バンド活動とプログラミングの経験。自身が持つ強みを活かせる職場を見つけた志倉さんは、水を得た魚のように、サウンドプログラマーとして躍進していくことになります。
 

原作ファンを越えることが目標! ゲーム・アニメ音楽制作の裏側

原作ファンを越えることが目標! ゲーム・アニメ音楽制作の裏側
──志倉さんがゲーム業界に入られたころ、業界は大きな変革期を迎えていたそうですね。
 
「1990年の始めごろに、ゲームソフトが従来のROMカセットから、CD-ROMになったんです。これまでわずかに数音しか入らなかったカセットに対して、CDの音質でゲームが遊べてしまうんですから、それはそれは大事件だったんですよ。この CD-ROMが普及したことで、TVゲームの世界に新たに“歌”を追加することができるようになりました。これは大革命でした。社内では僕がバンド活動をしていることが知られていたので、『歌モノなら志倉に任せよう』という流れができて、さまざまなゲーム主題歌の作詞・作曲を手がけるようになりました」(志倉さん)
 
──当初はゲーム音楽中心だったんですね。アニメ音楽を手がけるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
 
「2000年ごろにヒューマンを退職して、今度はサイトロン・デジタルコンテンツというアニメ・ゲーム音楽専門の制作会社に就職してからですね。当時大ヒットしていたゲームのサウンドトラック作りを担当することになったんですが、ロック系からジャズ系まで、ゲームに合わせて幅広いジャンルの楽曲を作ることが求められる仕事だったので、いつの間にか、どんなジャンルのゲーム音楽にも対応できるようになっていました。そんな実績が評価されたのか、次第にゲームだけでなくアニメ主題歌の依頼も来るようになったんです」(志倉さん)
 
──依頼された音楽を作るときは、どんなことにこだわっていますか?
 
「バンドマンやアーティストの中には『俺達は、俺達が作りたい曲だけを作るんだ』というロックミュージシャンへの憧れもありましたが、当時から僕は良くも悪くも、いわゆる『職業作家』だったんです。自分が何を作りたいかではなく、依頼してきたアニメの制作会社さんや、その先にいるアニメファンの方々が何を求めているかをくみとり、音楽として形にすることを大切にしています。だから、制作が決まったら原作者の意図を深く理解するために、アニメの原作や参考書籍を読み込んでひたすら研究に打ち込むんです。まずは自分が作品のマニアにならないと、すぐファンの方々に“にわか”だと思われてしまいますからね…。僕の曲作りでは、作品について“知りすぎる”ことが大事なんです」(志倉さん)
 
アニメ本編を見た人だけが曲の示唆する意味を悟れるように、研究によって得られたアイディアを歌詞の中にそれとなく落とし込んでいくのが志倉さん流の作詞法だそう。こうして、作詞・作曲に夢中になっていると、2、3日続けて夜更かししてしまうこともよくあるのだとか。
 

リラックスタイム=ひらめきタイム。常にアンテナを張る日常

リラックスタイム=ひらめきタイム。常にアンテナを張る日常
 
──研究から作詞・作曲まで手がけられ、かなりご多忙な生活かと思います。ご自身のリラックス・タイムはあるのですか?
 
「そうですね。僕が一番リラックスできるのは、作品が完成したときです。だから作品が完成しないと、なかなかリラックスできないですね。作曲するときも、1曲につき短くても2〜3時間、長くて8時間はずっと集中しています。休まず一気に仕上げるタイプなので」(志倉さん)
 
──仕事に没頭した後が、プライベートな時間ということですか?
 
「う〜ん。そういうわけでもないかも。そもそも僕は、オンとオフっていう区別がないんですよね。常に仕事のアイディアにつながることがないかアンテナを張っているというか。例えば、道を歩いているときも道端でカップルが喧嘩していたら、この2人の背景にはこういうドラマがあるんじゃないか? と勝手に想像が働いて、制作中のゲームのシナリオや曲の世界観に影響することもありますし、たまたま見たネットニュースがネタになるときもありますね。最近印象深かったのは、『人工知能同士が人間には理解しがたい独自の言語で会話をしたので、脅威に感じたシステムの管理者が強制的にシャットダウンさせた』という話。『面白い』と感じたことはひたすらメモして、音楽やアニメのネタに活用しています」(志倉さん)
 
──普段からネタについて思いを巡らし続けているんですね。どんなときに歌詞や曲が浮かびやすいですか?
 
「つかの間のリラックスタイムに浮かびやすいですね。特に車を運転中にリラックスできているようで、頭の中でメロディが流れることが多いです。あと、シャワーを浴びているときにも、頭に刺激が与えられているのか『このメロディいいな』とひらめくんですよ。頭が冴えているときなら、20分のシャワータイムだけでサビのメロディが全て完成してしまう、なんてこともまれにあります」(志倉さん)
 
──四六時中アンテナを張っていると、睡眠に影響を及ぼしそうですが……。
 
「ショートスリーパーなのか、3~4時間眠れただけでも『あー、よく眠れた』と感じるので、そんなに困ってはいません。そもそも時間に縛られたくないので、起床と就寝時間も決めていないですし。起きたいときに起きて、眠りたいときに眠る…そんな生活が叶っているいまのクリエイティブスタイルはとても幸せな環境です。ちなみに眠れないときは、無理に眠ろうとせず、曲を作ったり、DVDで大好きな映画鑑賞をしたりします。ドラマなら全話を一気に観る日もありますね。もちろん映画やドラマを観ているときも、『面白い!』と思えば、設定やセリフなどを全てオリジナルに差し替えて、自分のネタとしてストックしたりします。そこからアレンジにアレンジを重ねると、元ネタの原型が完全に消えてしまうんです」(志倉さん)
 
ネタ集めに常に夢中な志倉さん。続いてはそんな志倉さんの睡眠事情について迫ってみます。
 

睡眠について研究して見つけた志倉流安眠法

睡眠について研究して見つけた志倉流安眠法
 
──志倉さんは普段、どんな寝具で眠っていますか?
 
「シーツへのこだわりは、ハンパないですね。シルク100%じゃないとだめで、もう10年以上は同じシリーズのものを愛用しています。睡眠中にも体力を使っているわけですが、その大きな消耗ポイントが『寝返り』だと思っていて、これが結構体力を消耗するんです。でも、肌触りがつるつる・さらさらのシルクのシーツにしたことで、摩擦が激減し、かなり楽になって、消耗している感じもなくなりました。あと、枕もいろいろと試して、行き着いたのがクロワッサン形の枕。仰向けで寝ると背筋が伸びて、横向きになると肩が支えられる、という優れモノなんです。ほかにも、マットレスは外側は硬めでしっかりと身体を支え、内側は柔らかめでふわっと身体を包み込んでくれるスプリングのものを使ってます」(志倉さん)
 
──ここでも研究熱心な様子がうかがえますね。短時間でも心地よく眠れるのは研究の賜物ですね。
 
リラックスして就寝できているおかげか、夢の中でも作曲している日があります(笑)。おそらく作曲家さんならみんなあるんじゃないかな。でも、パッと目が覚めたとき、ほんの10秒くらいの間に録音しないとそのメロディは頭の中からどんどん消えていってしまうんですよ。これまで手がけた楽曲のうち、実は20曲に1曲くらいの割合で、夢の中で流れたメロディを参考に作っています」(志倉さん)
 
──“夢作曲”で誕生した曲があったとは! 志倉さんにとっては夢も貴重なネタということで、やはり夢の内容について意識することは多いのですか?
 
「夢の中に何度も登場する場所があることに興味があって、誰が出てきて、どんな場所だったか、何が起きたのかを記録する夢日記をつけていた時期がありました。ところが、いざ夢の中で『ここ、前にも見たことある!』と思って、起きてから夢日記を振り返ってみても、どこにもその風景のことが書いてなかったんです…つまり、前にも夢で見たことがあると思ったのは、完全なる脳のバグでデジャブのようなものだったんです」(志倉さん)
 
──かなり細かくメモされているんですね。ほかにも何か研究されていることはあるのですか?
 
「夢と現実を見分ける方法について、研究したことがありました。きっかけは、中学生のときに、夢の中で夢だと気づいている『明晰夢』を体験したことです。でも、夢の中に登場する同級生たちに、『これは俺の夢の中なんだぞ?』と言っても誰一人として信じませんでした。それどころか、みんなの発言が妙にリアルだったり、屋上から飛び降りたら痛みを感じたりして、『あれ、もしかしてこれ夢じゃないのかも…』と疑心暗鬼に(笑)。そこで、夢だと実感する方法として生み出したのが『電卓を使った高度な計算法』です」(志倉さん)
 
──高度な計算法、ですか!? それは一体どんな方法なのでしょうか?

夢と現実を見分ける計算法とは

「まずは夢の中で電卓を用意し、わざと8〜10桁くらいの大きな数字を打ち込んで、適当な数字で割るんです。目が覚めているときの現実の世界なら、画面に瞬時に答えが出ますよね。でも夢の中では結局、自分の脳が計算することになるので、僕の能力ですぐに暗算できるような数字でなければ、正確な数字は出ないはず。つまり電卓があれば夢だと分かるんです! …画期的でしょ? とにかく僕はこうやって追究するのが好きな、根っからの研究マニアなんです(笑)」(志倉さん)
 
世間のニーズをオールラウンドにキャッチする売れっ子クリエイターは、創作活動だけでなく、自身の睡眠活動にも研究熱心。こうした研究マニアの気質は、これまでゲームサウンドやアニメ主題歌などを制作する上で、求められたものをより完成度の高い作品に仕上げるために生かされてきたそう。そして、ファン以上にアニメやゲーム作品のマニアになるため、四六時中アンテナを張り続けるエネルギーの源は、志倉さんが研究した、心地よいと感じる睡眠環境にも関係があるかもしれませんね。
 

【眠りの黄金法則】

  • 作品の完成時がスーパーリラックスタイム! それまではとことん作業に集中
  • あえて不規則な生活習慣を受け入れることで、ストレスフリーに生きる
  • シルク100%のつるさらシーツで、寝返り時にかかる身体への負担を軽減

【ウィークデーの平均睡眠時間】

  • 約3〜4時間

【睡眠タイプ】

  • 夢の中でも作曲! 研究を欠かさず、常に作品のアイディアを探す生粋のクリエイタータイプ
志倉千代丸さんのフミナー度は『55%』、眠りが悪化している可能性があります。
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志倉千代丸さん
志倉千代丸さん
1970年7月3日生まれ。株式会社ドワンゴ取締役、株式会社MAGES.の代表取締役会長。アニメ・ゲーム音楽業界において、作曲家、編曲家、作詞家など多彩に活躍している。これまで手がけたタイアップ曲のうち、選りすぐりの曲は「THE WORKS〜志倉千代丸楽曲集〜」シリーズに収録。また、ゲームの原作制作やライトノベルの執筆など活動は多岐にわたる。

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