2019/02/06 09:08

一体なぜ我々は駄菓子屋にハマっていたのだろう 昭和の子どたちが夢中になった時間 |中川淳一郎


 昭和の時代は民放テレビのプライムタイムに女性の裸が出るなど、今では考えられないことが多かったが、今考えると実に恐ろしいのが「野良犬がそこらへんにかなりいた」ことである。何しろ学校から帰る途中の道の先には巨大な犬が立っておりこちらを睥睨している。狂犬病が恐ろしいのと、とにかく威圧感があるため、道を変えることもあった。

 ここからはまったく関係のない話になるのだが、昭和といえば、TBSラジオ『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』を思い出す。1969年に開始した同番組は今でも続いているが、1985年の夏、近所の和菓子屋にマムシさんがやってきた。当時のマムシさんは49歳だったが、生で聞く「なんだこのババア!」には当たり前の話だが「本当に言うんだ」と思った。あれから34年、マムシさんも今年は83歳になるが、いつまでも「このババア!」を貫いてほしいと勝手に思う。

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 それで、さらに別の話になり、ここからが本題だが、当時は町中に駄菓子屋だらけだった。小学校5、6年生の時、自分達の生息範囲には「まるぎん」「うすい商店」「小林」とあとはもう一つ名前が分からない駄菓子屋があった。店の前には10円玉を入れてそれを弾いて日本の高速道路を進んでいくゲームやら、10円のスロットゲームなどがあった。何か貴重なものがもらえるわけでもなく、20円のお菓子がもらえる程度なのだが、妙にのめりこんでいた。

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