2017/11/24 20:30

禅寺で聞く、正しい姿勢と呼吸の持つ力

「禅とは、こだわらず、貪らず、偏らない、穏やかで平静な心の様相」

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東京、椿山荘にて

このような教えのもと、多くの悩める人々の相談に乗ってきた住職がいると聞き、訪ねてみました。横須賀にある臨済宗建長寺派の独園寺は、江戸時代初期に開山し、以来、地元の人たちに代々親しまれている居心地のいいお寺です。

住職の藤尾聡允さんはかつて銀行に勤務しており、シンガポールやタイなど海外駐在も長く、なんとニューヨークではかのワールドトレードセンター内の支店に勤務していたそう。そんな経歴もあってか、藤尾さんのもとには、悩める人はもちろん、経営者やビジネスマン、そして禅の教えを求めて世界中から多種多様な人が集います。キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などさまざまな宗教を信じる人が同じ場で坐っているのです。

「心の科学」ともいえる仏教

藤尾さんによれば、世界の宗教には神と契約する宗教と、契約が必要ない宗教(契約という概念がない宗教)との二通りあるそうです。前者はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教など。そして後者は仏教、ヒンドゥー教、神道など。仏教は、いわば自分がブッダになることを目指す道だそうですが、そこに神という概念は存在しません。このため、日本では古くから神道と習合してきた歴史があります。欧米人はこの「契約」の概念をよくわかっているため、キリスト教徒でありながら藤尾さんのお寺で仏教の実践をしている人も多いそうです。

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ヨーロッパ、アメリカ、中南米、アジア、中東など世界各地から禅を求めて集う

「ヨーロッパの人たちの多くは、仏教を『Science of Mind(心の科学)』と捉えています。仏教は、教えを通して自らがブッダになる道を示すもの。そしてブッダとは、こだわりのない心、貪らない心、偏見や偏りのない心、そして常に思いやりに満ちて穏やかで平静な心を持った人です」

Point!
仏教は、教えを通してブッダになることを目指す道

姿勢を正して、深く呼吸する

銀行時代からボランティア活動に携わり、障害を持つ人々のケアを行ってきた藤尾さん。その中で、苦しみや生きる辛さを訴える人の相談に乗ることもあったそうですが、僧侶となってからはますます、口コミやSNSなどで噂を聞いて相談にやってくる人が増えてきたそうです。そんななか、同じような活動をしているお坊さんたちが超宗派的に集まって「いのち」に向き合うさまざまな活動を行うようになりました。現在では警察署や保健所、また精神科医とも連携しながら、毎月4、50人の相談に乗ったり坐禅を指導したりしているそうです。

意外なようですが、命の大切さに日々向き合っている藤尾さんが何より強調するのが、「姿勢を正して、深く呼吸する」ことの重要性でした。うつになって思い詰めてやってきた人が、坐禅をしながら深い呼吸を繰り返しているだけで、次第に元気になることもあるそうです。どんなに心が元気をなくしても、丁寧に体と対話し、向き合っていくことで、命が本来持つ力を取り戻せることに感動します。

藤尾さんは30年以上太極拳を続けており、師範の資格も持っています。その立場からも、姿勢や所作(動き)は心のありように深く関わっていると強調します。姿勢を正して胸を大きく開くことで、肺の奥まで深い呼吸をすることができます。人は浅い呼吸になるとネガティブになりがちで、たとえば悪夢を見ているときは呼吸が浅いそうです。逆に深い呼吸ができるとゆったりとしたいい眠りになり、脳もリラックスします。

姿勢も生活習慣なので、日頃から意識することでだんだん整っていくそうです。その習慣づくりのためにも、坐禅は役立つに違いありません。掃き清められたお堂の中に座り、姿勢を正してゆっくりした呼吸を繰り返しているうちに、普段は届かないお腹の奥にまで息が通っていくのを感じました。日常とは異なった時間の流れに身を置くことで、いつもは気づかない感覚がふと浮かび上がってきます。

自宅でできる簡単な動禅

ここで藤尾さんに、簡単な動禅を三種類教えてもらいました。これらはいずれも太極拳の八段錦という型で、朝起きたときや仕事の休憩時間など、ちょっとした空き時間にできて効果も高い動きです。長く続けると、自分の動きを自然界の空気の流れと合わせる感覚がわかってくるそうです。呼吸はすべて鼻で行うようにしてください。

動禅その1 スワイショウ...背筋を整え体を温める

1.腰を中心に体をひねる。背骨一本一本の間に潤滑油を回しているようなイメージ。
2.腕の力を抜いて「でんでん太鼓」のように体にまとわりつかせる
3.止めるときは、腰骨からゆっくり止める。

動禅その2 八段錦(一段錦)...呼吸に必要な筋肉を伸ばして肺をサポート

1.足を肩幅に開き、息を吸いながら手を前に伸して重ね、親指を合わせる
2.大きなボールを抱えているようなイメージで手を上げていく
3.両手が顔の前まできたら、手の平を下に向け、息を吐きながらボールを下に沈めていく。
4.手がへその下あたりにきたら、今度は浮力でゆっくりボールが上がっていくのをイメージする。
5.息を吸いながら上に持ち上げる。
6.手を天井に向けて思いっきり伸ばしたら、一秒ほど静止し、そっと両手を外す。
7.息を吐きながら、体の横を通って両手を下ろしていく。

動禅その3 八段錦(四段錦)...首の動きを滑らかにする

1.足を肩幅に開き、息を吸いながら手の平を上にして前に伸ばし、イメージでボールを肩の高さまで持ち上げる。
2.息を吐きながら、両手の平を下に向けてゆっくり下ろす。同時に顔をゆっくり左に向けていく。
3.息を吸いながら、両手の平を上に向けて肩の高さまでゆっくり戻す。同時に顔もゆっくり正面に戻していく。
4.息を吐きながら、両手の平を下に向けてゆっくり下ろす。同時に顔をゆっくり右に向けていく。
5.息を吸いながら、両手の平を上に向けて肩の高さまでゆっくり戻す。同時に顔をゆっくり正面に戻す。
6.ボールを水の中に沈めるイメージで、ゆっくりと両手の平を下に向けてを下に戻す。

人生は空模様のようなもの。嵐もあれば晴れる日もやってくる

人生は空模様といっしょで、誰にでもいいことや悪いこと、さまざまなことがあります。青空もあればきれいな白い雲が漂う日もある。灰色の雲が重く垂れ込めたり、雪や嵐が吹き荒れる日もあり、やがてまた晴れる。それが当たり前なんです。ところが中には、どん底に落ち込んで光が見えなくなっている人もいます」

苦しむ人がやってきたとき、藤尾さんはまず沈黙の時間を共有します。「沈黙の合間に時折ポツリと発せられる言葉を注意深く傾聴しながら、ちょうどラジオのチューニングのように、少しずつ階段を降りてその人のいるところに行くという感じです。うまく波長が合うと、あるときふっと、真っ白だった顔に赤みが差す瞬間があります。そこからが本当のスタートです。ではいっしょに上がっていきましょうか、という感じで少しずつ上っていきます」

誰でも、病気やトラブルなど、人生を震撼させる大きな出来事がいくつも重なったとき、冷静に観察することができない状態になってしまうと藤尾さんはいいます。すると「うつ状態」になってしまいます。このうつ状態は誰でも起こり得ることなのですが、うつ状態が数週間続くと、脳内の神経伝達物質の働きが適正な状態でなくなり、その結果「うつ病」に至ります。それは、いわば人生の「嵐」の時期であり、意思の強さとは関係なく、誰にでも起こる可能性があるのだそうです。

そんなとき、近くにいる人が変化に気付いたら、できるだけ話を聞いてあげてほしいと藤尾さんは言います。その役割は時には家族ではなく、客観的になれる第三者のほうがいいため、臆せずカウンセラーや僧侶など専門家に相談するのがいいのだとか。

誰でも立ち直る力を持っている。でも忘れているんです。私は、その力に気付いてもらって立ち直るためのお手伝いをしているだけであり、何か特別なことをしているわけではありません。ご本人が気付くためのお手伝いです。それは、自分を冷静に観察することで、ご本人の心の中から湧き出る力を引き出すものです

Point! 

有頂天になりすぎるのもよくない。あくまでも中道を

意外だったのは、あまり有頂天になるのもいけないということ。目標の達成に向けてテンションを上げて努力し、達成できたら大いに喜ぶというのは、むしろ今の時代、推奨されているような気もします。ところが、仏教の考え方では、これもまた戒めるべきなのです。

「というのは、有頂天になって高く上がりすぎると、落ちたときのダメージも大きくなってしまうから。人生には必ず波があります。上がったら、いつか下がる日もやってくる。だからあまり有頂天になりすぎずニュートラルに、かといって落ち込み過ぎない『中道』がいいのです。昔からある諺の通り、勝って兜の緒を締めよ、ですね」

お寺や神社はパワースポット

「うつ状態」とは、これ以上がんばらなくていいという心身のメッセージでもあります。さらに無理をすると「うつ病」になってしまうので、早い段階で気付いて休息を取ることが大切です。一番いいのは眠ることだそうですが、眠れなくても坐禅や茶道や太極拳などを体験するなど、普段とは違うゆったりとした時間の流れに身を置くことがおすすめだといいます。

「賑やかな人混みは避け、穏やかに癒やされる場所に行ってください。人が癒やされるのは、大自然のなかか、もしくはお寺や神社など歴史的な空間のなかです。都心でもいいのです。お寺や神社は、長い歴史の中で数知れない人々が祈ってきた場所です。それは聖なる地であり、癒す力を持っています。辛くなったときはそのような場所に身を置くというのが大事なのです。もちろん坐禅や写経もいいですよ」

Point!
疲れたときは眠るのが一番。無理なら寺社仏閣や自然のなかに

日常でも禅の心を感じることができる

実は禅のエッセンスは、日常生活でも感じることができるのだそうです。たとえば仕事に没頭して時間を忘れ、しかも楽しくて仕方がないような瞬間。これは「ゾーンに入る」や「フロー状態」などとも言われますが、取り組んでいる対象と一体になっているような状態です。仏教では「三昧」というそうです。ここで藤尾さんは再び、「こだわらず、貪らず、偏らない、穏やかで平静な心」について触れました。

「禅語に『八風吹不動(八風吹けども動ぜず)』という言葉があります。これは、名誉を得るような良い時があったり悪い時期があったり、世の中にはいろんなことがあるけれど、負けちゃいけない、とむきにならないこと。そう捉えるのも悪くはないのですが、ただ『ああ、いろんな風が吹いているなあ』と淡々と眺めているという心の姿勢です。

また『水急月不流月(水、急にして)月を流さず』という禅語もあり、これを『世の中にどんな事があっても自分は流されてはいけない』と捉える人もいます。もちろんそれもいいのですが、ただ『川の流れはとても早いけれど、月は流されずそこに映っているままだなあ』とありのままに見るのもいい。ただその状態に気付き、きれいだなあと感じる心です」

あるがままの様相を淡々と見つめることが禅のありようだとすれば、無心になって何かに取り組むことも禅的な意識なのでしょう。日常でそのような感覚に親しむためにも、ぜひ坐禅を役立ててほしいと藤尾さんは語ります。改めて考えるまでもなく日本は「禅」の国であり、都心でさえも坐禅を実践する場が数多くあるのです。

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夜の独園寺

「臨済宗建長寺派 独園寺」
毎月第一土曜日に坐禅会、第三土曜日に写経会が開催されます。
(ただし、葬儀などで変更になることもありますのでお電話でご確認ください)
この他にも、会社や学校、自治会や任意団体など、グループやプライベートの指導も受け付けています。

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建長寺の僧堂、少林窟にてお茶会のあと

藤尾聡允さん
神奈川県横須賀市 臨済宗 建長寺派 独園寺住職20171122_meisou6.jpg

独園寺や建長寺にて、外国人に向けて英語で坐禅や写経の指導を行っている。
メンタルケアや心の問題に関するボランティア活動に長く携わり、自死・自殺に向き合う僧侶の会 共同代表として相談を受けている。
ダライ・ラマ法王の講演会では通訳として活躍。
「臨済宗建長寺派 独園寺」

写真/すべて藤尾聡允さんによる提供

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