2017/07/30 16:00

そうめんの歴史 「ピーマンそうめん」なる珍メニューも 

オーソドックスな食べ方がやはり美味しい(写真:アフロ)
オーソドックスな食べ方がやはり美味しい(写真:アフロ)

「そうめんなんて、茹でてツユに付けて食べるだけだろ」などと思っているあなたはそうめんの一面しか知らない。日本そうめん100年史をひもとくと、かなり珍妙な料理も現れて──。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

 * * *
 前回、国内におけるこの百数十年のそうめん事情と世相を新聞の過去記事からひもとこうとしたところ、昭和初期までで紙幅(※紙ではありませんが、目安の文字数)を使い果たしてしまった。

 江戸時代に夏の風物詩として庶民の口に届くようになったそうめんは、明治に入り、名産地を数多く持つ関西版の紙面で存在感を増し、その後、関東でも展開されるようになった。しかし1923(大正12)年に起きた関東大震災以降、広告を含めた新聞記事から「そうめん」の4文字は姿を消す。再び紙面で存在感を増してくるのは、昭和に入ってからのことだった。

 1930年代、昭和恐慌などの影響もあってか、保存性の高いそうめんが再び脚光を浴びるようになる。1935(昭和10)年には、そうめん3把を寒天1本で寄せるという「氷そうめん」が紹介された。さらに米、味噌、醤油、塩などの日用品に切符制が導入された昭和15年には5本の寒天で1把のそうめんを固めた「そうめん寄せ」が掲載される。ちなみにこの量で5人前。ひっ迫した食糧事情が伺える。この翌年1941(昭和16)年にはそうめんも配給の対象となり、以降「そうめん」という文字が紙面に登場するのは20年以上先の1960年代を待たなければならない。戦後復興は一日にしてならず、だったのだ。

今日の運勢

おひつじ座

全体運

あなたの持つ感受性が注目される日。作品づくりをしてるなら発...もっと見る >