2018/04/01 16:00

西郷隆盛の知られざる史実 陰嚢肥大に最後まで苦しめられた

西南戦争の敗因の一つは健康問題だった?(時事通信フォト)
西南戦争の敗因の一つは健康問題だった?(時事通信フォト)

 NHK大河ドラマ『西郷どん』の主人公・西郷隆盛。維新の立役者でありながら、後に明治政府に反旗を翻した悲劇の英雄、というのが一般的な西郷像だろう。しかし、写真が一枚も残っていないなど、その実像は謎が多い。歴史作家の島崎晋氏が、晩年の西郷の知られざるエピソードを紹介する。

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 西郷隆盛は新政府の重鎮ではあったが、外交方針の違いから政府内で孤立して、明治六年(一八七三)に下野(げや)していた。それからは鹿児島に戻り、後進の育成に専念していたが、士族の特権が次々と剥奪され、各地で士族による反乱が相次ぎ、鹿児島でも新政府への不満が高まる状況下の明治一〇年(一八七七)二月、我慢の限界を超えた強硬派に擁立され、反乱に踏み切ったのだった。これを西南戦争という。

 西郷隆盛はこのとき五一歳。人望篤く、実戦経験も豊富なだけに、新政府からもっとも危険視されていた。参加した士族の多くも戊辰戦争を経験しており、そんな彼らの地元である鹿児島で反乱が勃発したのだから、天下を覆しかねない一大事に違いなかった。

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