2018/04/01 16:00

かつて日本の花見は「ほとんど無法地帯」と化していた

昔は食中毒も多かった(写真:アフロ)
昔は食中毒も多かった(写真:アフロ)

 花見は日本人が持つ奥ゆかしい習慣、のように大抵の現代人は思うだろうが、実は違った側面もある。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が指摘した。

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 全国各地で記録的な早さの満開となった今年の桜。桜の名所を通りすがると、必ずと言っていいほど楽しげな宴が繰り広げられていた。

 近年ではこの時期、食べ物にまつわる事故はほとんど起きなくなったが、いまから数十年以上前の第二次大戦以前、飲食物の販売体制や衛生環境がいまほど調っていなかった頃は、花見の時期になるとさまざまな対策がとられていた。例えば大正~昭和初期━━戦前の新聞報道を見ると、花見シーズン直前、食中毒防止に駆け回るお上の様子が窺える。

「衛生保健のため四月上旬から同末にかけて飛火山、上野、向島をはじめ花見で人の出盛る場所の露店や銀座、新宿、浅草、渋谷等の盛り場の飲食店、デパート、ビル街の食堂に出張、食料品、飲料水又は調理場の設備を抜き打ち的に検査し不潔から起る中毒等の防止に努めるのだが昨今の気狂い暖気に準備もそこそこ五日、浅草方面のデパートの食堂その他の飲食店の調理場に出張して飲食物の保存方法、器具類の衛生状態を検査、これを皮切りに順次全市にわたり管下八十八警察署の衛生係を総動員して不良飲食物を一掃、これによる中毒患者の発生を防止することになった」(1937(昭和12)年3月6日朝日新聞夕刊※原文ママ)

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