2018/05/24 16:00

【池内紀氏書評】小作品に切り取られた普通の人の運命

『治療院の客』/歩青至・著
『治療院の客』/歩青至・著

【書評】『治療院の客』/歩青至・著/無明舎出版/1800円+税

【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)

 大半はごく短い。原稿枚数でいうと五枚前後。いわば小品文学だが、だからといって語られたものが小さいとはかぎらない。

「和歌菜には突拍子もない癖がある」
「庄太郎は八十九歳になる」
「本間朋実が肺腺癌を宣告されたのは六十八歳のことである」

 こんな書き出し。人物はごくフツウの人。名前を与えられてフツウの人生を生きている。あるいは、うき世のつとめを、おおかた果たし終えた。

「爪を切る」「鍋島教頭先生」「美しい日本」「黒い眼鏡の男」「ごめんね」「左ギッチョ」……一応のタイトルである。なんでもない石ころが幼いころの宝ものであったように、少年・少女期のちょっとした記憶が、いつまでものこっている。何十年かのちのちょっとしたきっかけで、まざまざとよみがえる。闇夜に一瞬、ライトをあてたぐあいだ。ライトが消えると、闇の深さがちがってくる。

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