2019/02/06 07:00

歴史研究家・本郷和人氏が選ぶ「元寇」等中世史の名著6冊

歴史研究者の本郷和人氏(写真:三島正)
歴史研究者の本郷和人氏(写真:三島正)

 新たな時代がまもなく訪れるいま、我々はどんな書物から現代日本を考えれば良いのか? 歴史研究家の本郷和人 (歴史研究者)が選んだ中世史の名著6冊を紹介しよう。

 * * *
「日本は、古代からひとつの言語を使い、ひとつの政権が支配し、ひとつの歴史、伝統を共有するまとまった国家だった」という言説がある。だが、それは間違いだ。そのようなまとまりのある国家が出現したのは、豊臣秀吉が1590年に、東国を支配していた北条氏を破り、全国を統一して以降だ。それ以前鎌倉幕府の成立から戦国時代の終わりまでの日本の中世を特徴付けるのは「分裂」である。

 その観点から日本の中世を知るための名著6冊を選んだ。「どの国のどの時代も現代史である」という言葉がある。「分裂」の時代だった日本の中世を現代日本の鏡にすることで、統一された国家の長所と短所を考えてほしい。

(1)『鎌倉時代』は鎌倉時代論の草分け的な書。戦前の実証史学は幕府研究は蓄積していたが、朝廷については解明していなかった。著者の龍粛は戦前から、膨大な史料を読み込み、朝廷の状況を分析した。その結果、鎌倉時代においては武力を表看板とする幕府と、政治、経済を表看板とする朝廷の、ふたつの政権が並立し、それが密接に関わり、交渉していたことを明らかにした。それを戦後の1957年にまとめたのが本書である。60年余り経つが、いまだに読む価値がある。

 著者は、朝廷の状況を明らかにしたことで戦前の「皇国史観」に寄与した。だが、戦後に「皇国史観」が否定されても、実証的な手法によって導き出した歴史像を変えなかった。その姿勢に研究者の良心を見ることができる。

(2)『南北朝の動乱』は南北朝時代についての多面的な研究。なかでも著者の佐藤進一が提唱した将軍権力の二元論将軍権力は主従制的支配権(軍事)と統治権的支配権(政治)のふたつから成り立つは、後の研究の源流となった。著者はそれを足利幕府(室町幕府)の成立を例に実証した。将軍についた尊氏は軍事を担当し、政治は弟の直義に任せるという役割分担から、将軍権力は軍事と政治のふたつを構成要素とすることがわかる。

 今、近世史研究の分野で「二重公儀体制論」という考え方が有力になっている。関ヶ原の戦いから大坂の陣までは徳川の公儀(権力)、豊臣の公儀のふたつが並立していた、というものだ。だが、豊臣は全国に政治を行っていなかったし、大坂の陣で豊臣についた大名はいなかった。とすれば、将軍権力の二元論から考えると、「二重公儀体制論」には疑問符がつくのだ。

(3)『蒙古襲来』は、13世紀後半の元寇を中心に叙述した鎌倉時代後期の通史。著者の黒田俊雄は、中世においても天皇を頂点とする統一国家があり、鎌倉幕府はそのもとで軍事を担う組織に過ぎなかったとする「権門体制論」の提唱者である。中世の権力構造についての考え方には、もうひとつ「東国国家論」がある。鎌倉幕府は東国を治める、朝廷からは独立した政権であるとする見方だ。その提唱者は先の『南北朝の動乱』の著者佐藤進一だ。

「権門体制論」と「東国国家論」が対立するなか、それらとは異なる立場を取る研究者が出てきた。そのひとりが(4)『中世武士団』を著した石井進。本書は、都から離れたそれぞれの土地(地方、田舎)に根付いて生活し、活動した武士(在地領主)たちの姿を、『吾妻鏡』などの歴史書、『曾我物語』などの文学作品を使い、生き生きと描いている。

 これを読むと、在地の武士たちが中央の権力から自立していた姿が浮かび上がる。その意味で、意図したものでないかもしれないが、結果として先の「権門体制論」に対する痛烈な批判にもなっているのだ。

 もうひとり、国家の側からではなく、社会の側から歴史を語ったのが網野善彦。歴史の表舞台に登場しない海民、商人、職人、芸能民といった名もなき人々の共同体を描き、実はそこには、現代の我々が考える「自由」と「平等」がしっかりと息づいていたと訴えた。その網野史学の出発点となったのが(5)『無縁・公界・楽』だ。そうした自由で平等な世界は戦国大名の台頭によって潰されていき、そして完全に消滅するのが中世の終焉であるとした。

 ただ、その後、網野はそうした民衆の自由で平等な共同体は近世にも生き残ったという近世論を展開していく。本書の内容と矛盾するとも取れるが、網野史学の歩みを知ることは楽しく、その出発点である本書は意義深い。

 最後に挙げるのが、私が直接師事した五味文彦の(6)『躍動する中世』。それまでの中世史、中世論は政治や軍事から時代の変転を描くものが多かったが、本書は歌、モノ、文学、絵画、芸能などの文化に光を当て、文化がいかに時代を動かしたかを描いた。それまでの歴史学から発想を転換させ、人々の精神、息吹は文化にこそよく表れていることに着目して歴史を叙述した素晴らしい書である。

【プロフィール】ほんごう・かずと/1960年東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。中世政治史が専門。東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。『軍事の日本史』(朝日新書)、『考える日本史』(河出新書)、『日本史のミカタ』(井上章一との共著、祥伝社新書)、『日本史のツボ』(文春新書)など著書多数。

※SAPIO2019年1・2月号

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