2019/02/09 07:00

三浦雄一郎が紹介するエベレストで読み不思議な力が湧いてきた書

プロスキーヤーの三浦雄一郎氏(写真:藤岡雅樹)
プロスキーヤーの三浦雄一郎氏(写真:藤岡雅樹)

 それぞれのジャンルをリードしてきた著名人たちはどんな本を読んできたのか? プロスキーヤーの三浦雄一郎氏が、「我が人生の書棚」について語る。

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 中学受験に失敗し、1年間浪人生活を送っている間、やることがなかったものですから、いろいろな本を読み始めました。最初に夢中になったのは吉川英治さんの『宮本武蔵』です。その後、世界の偉人伝をたくさん読み、ずいぶん勇気づけられましたね。以来、本が好きになりました。

 世界の山に遠征に行くときも、数十冊の本を持っていきます。悪天候が続いて2、3日動けないようなときは、テントの中で本を読むに限りますから。持っていくのは山と関係ない本の方が多いですね。山の本はむしろ都会にいるときに読みます。山で読むのは小説、ドキュメント、エッセーと、ジャンルはさまざま。外は嵐が吹き荒れ、空気も薄いという極限状況の中で、作品の世界に引き込まれ、感動させられる本を読むと、自分の中に不思議な力が湧いてくるのを感じます。

 これまでの人生で感動した本をあえて数冊挙げれば、まずサン=テグジュペリの『星の王子さま』。初めて読んだのは高校生か大学生の頃で、普通の童話のつもりで読み始めたら、ものすごく深い内容の物語だということがわかった。たとえば、物語の最後の方で、キツネが王子さまに言う〈ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない〉という言葉には深い真実が込められています。大人のための最高の童話、と言うべきでしょう。イマジネーションが豊かで、表現が楽しいのもいいですね。

 同じ作者の『夜間飛行』、『人間の土地』は、世界七大陸最高峰からの滑降に挑戦し始めた30代の頃に初めて読みました。いずれも飛行機を操縦することがまだ命がけの冒険だった頃の話ですが、単なる冒険物語ではなく、人類愛を感じます。サン=テグジュペリの作品は自分の感性を磨いてくれました。

 僕がエベレストから滑降したり、エベレストに登頂したりするきっかけとなったのが、1953年に人類で初めてエベレストへの登頂に成功したニュージーランド人エドモンド・ヒラリーによるドキュメント『わがエヴェレスト』です。

 登頂の3年後に日本語訳が出てすぐに読みました。当時エベレストに登るのは月と同じくらい遠い世界に行く感覚だったので、登頂成功のニュース自体に興奮しました。そして、彼の本を読んで感動し、「冒険」「人類初」ということに強く憧れ、いつか自分も、という願望を抱いたのです。

 それが最初に形になったのが、1966年の富士山での直滑降です。翌年、それに注目したニュージーランド政府から招待され、ヒラリーさんにお会いしました。お宅に飾ってあるエベレストの写真を見て、僕は「ここからスキーで滑ってみたい」と言いました。ヒラリーさんからは「人類は不可能に挑戦し、壁を越えてきた。君には可能性があるのではないか」と言ってもらいました。その夢を実現したのは70年のことでした。

 サン=テグジュペリの本とともに、必ずと言っていいくらい山に持っていくのが開高健さんの本です。1950年代の末だったか、開高さんも僕も新聞社が選ぶ「これからの日本人100人」に入るなど若い頃から接点があり、『日本人の遊び場』などのルポルタージュを読んで大ファンになりました。

 その開高さんの本の中でもっとも強烈だったのが『ベトナム戦記』。戦争の最前線に飛び込み、自らも生きるか死ぬかの目に遭いながら、蟻の目でつまり地べたを這うようにして世界を見てきた。その圧倒的なリアリティが凄い。イデオロギーを抜きにして人間の本質を見ていた人なのだと思います。開高さんの生き様は励みになりましたね。しかも、「日本語の魔術師」と言いたいくらい表現力が豊かで、独特なのも魅力です。

 読書というのは、僕にとっては心と頭脳の最高の運動です。脳みそに汗をかくくらい夢中になって読める本に出合うと、最高の幸せを感じます。

【プロフィール】みうら・ゆういちろう/1932年青森県生まれ。クラーク記念国際高校(通信制)校長。北海道大学獣医学部卒業。世界七大陸最高峰からの滑降、70歳、75歳、80歳でのエベレスト登頂などに成功。今年1月21日に南米最高峰アコンカグア(6962m)に登頂し、その後スキーで滑降することを目指す。

※SAPIO2019年1・2月号

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