2019/01/26 07:00

イラクの焼け跡に咲くたんぽぽが希望を託される理由

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師
諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

 諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師はイラクでの医療支援を続けるJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)代表でもある。2006年から冬季限定の“チョコ募金”を行っている。この募金は「イラクの小児がん医療支援」「シリア難民・イラク国内避難民支援」「福島の子どもたちを放射能から守る活動」に使われるが、チョコレートのパッケージには毎年、イラクの子供たちが描いた絵を使用している。2019年のテーマは「戦場のたんぽぽ」。チョコレート缶に描かれている「たんぽぽ」に込められた思いについて、鎌田氏が綴る。

 * * *
 2018年のノーベル平和賞は、イラク人女性ナディア・ムラドさん(25歳)が、コンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲさん(63歳)とともに受賞した。ムラドさんは、過激派組織「イスラム国」(IS)に拉致され、性暴力を受けたことを公表。「戦争や紛争で、性的暴力を武器として使うことを終わらせる活動に努めてきた」ことが評価された。

「不正義や抑圧と闘うために団結しましょう。声を上げ、そして一緒に言いましょう。暴力にノー、平和にイエス、奴隷所有にノー、自由にイエス、人種差別にノー、平等とすべての人々の人権にイエス、と」

 ノーベル賞授賞式での彼女のスピーチは、とても力強かった。

 そのムラドさんが育ったのは、シンジャール山周辺の地域。この一帯に住むクルド人は、ヤジディ教を信仰している。ISは、イスラム教の教えを勝手に、そして過激に解釈し、ヤジディ教を迫害した。その理由の大きなものは、偶像崇拝を禁じるイスラム教に対して、ヤジディ教は偶像崇拝を認めている点だという。

 ISによるシンジャール山周辺への迫害は、2014年ごろから激化した。5000人近いヤジディ教徒を連れ去ったという。女性は「奴隷市場」に出され、IS戦闘員に買われて「性奴隷」にされた。「商品」として転売されたり、交換されたりした女性も少なくない。男性はイスラム教への改宗を迫られ、従わないと殺された。ISの考えに洗脳し、戦闘員として育てられた子どももいる。彼らは紛争のなかで各地に散り散りになり、今も行方不明になっている人は3000人とも3500人ともいわれる。

 ぼくが代表をしているNPO日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)は、イラク戦争に反対し、小児がんの子どもたちの医療支援をしてきた。ISが台頭してからは、シリア難民やイラク国内避難民への支援が急務となり、難民キャンプなどへの医療支援をするようになった。シンジャール山周辺には、外国人として初めて救援に入り、ミルクやおむつなどの救援物資を届けに行った。

 こうした活動のなかで、ISに拉致された女性にも直接会うことができた。彼女は一家全員がISに捕まった。母親は解放されたが、父親と4人の兄弟姉妹はまだ帰って来ていない。

 彼女自身は、35歳のIS戦闘員に「結婚」を強制された。拒むと殴られ、レイプされた。3か月後、25歳の戦闘員に「転売」された。このときも抵抗したが、木の棒で殴られ、前歯が欠けた。

 あまりにもひどい扱いに同情した人が、逃げるチャンスをくれた。5日間歩いて、クルド自治政府軍ペシュメルガに保護されたという。

 ぼくたちJIM-NETは、こうした女性を病院に連れていったり、別のNGOの精神的ケアのプログラムに参加させたりする支援をしてきた。

 今後は、被害女性がコミュニティーのなかで生きていけるようにすることが課題だ。というのも、ヤジディ教は、結婚するまで性交渉を禁じている。「ISから逃れたとしても、元の地域や家族には、受け入れてもらえないのではないか」という思いが、被害女性を苦しめているのだ。

 ISの考えの下で育てられた子どもたちの問題もある。

 アルビルの難民キャンプで、2歳の女の子をISにさらわれたという女性に会った。目が落ちくぼみ、やつれた姿は、まだ40代なのに老婆に見えた。その女性の子どもが3年後、ISから解放され、彼女の元に戻ってきた。うれしいニュースだ。しかし、5歳になったクリスティーナちゃんは、イスラム教徒として育ち、クルドの言葉が話せない。母と子はゼロから絆をつくっていかなければならないのだ。

 一方で、希望もある。

 サマーフさんは、モスルの医科大学に通っている医学生だった。ヤジディ教徒だったため、ISから必死で逃げた。ISに捕まり、自殺をした同級生がいるなかで、逃げることができたのはまだマシだった。でも、すべてのお金を奪われ、医学を学ぶこともできなくなった彼女は、難民キャンプで希望を失っていた。

 そのとき、ぼくは、クルド自治区の別の医科大に合格したら、支援する約束をした。ぼくが代表をしているNPOが募金活動をして、学費を応援した。そして、いま、サマーフさんは、研修医として着実に歩みだしている。

 ISの拠点ラッカが陥落して1年以上。戦乱の傷跡は深いが、復興に向けた息吹も感じる。

 ISが撤退するときに火を放っていったモスルの病院は、焼け焦げ、弾丸とガレキが散乱している。その病院の庭に、たんぽぽが咲いていた。

 JIM-NETでは2006年から毎年、チョコ募金を行なっている。今年のテーマは「戦場のたんぽぽ」。焼け跡に咲くたんぽぽが綿毛を飛ばすように、平和の種が子どもたちに届くよう、願いを込めた。

 今年は、アルビルの小児がんセンターの敷地内に建設中のJIM-NETハウスが、いよいよ完成する。遠方から治療を受けに来た子どもと、付き添いの親たちが宿泊でき、安心して治療を継続できるようにしたいと考えている。

 チョコ募金の収益は、こうした施設の建設と、小児がんや白血病の子どもたちへの支援、難民キャンプの医療支援や健康づくり、などに充てられる。

 1缶に六花亭のハート形のチョコレートが10個入っている。4缶1セットで2200円。缶には、白血病の子どもら4人が描いたたんぽぽがデザインされている。ぜひ、チョコ募金に協力していただき、平和の種をたくさんの人に届けてほしい。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。チョコ募金の申し込みは、ホームページ(https://www.jim-net.org)よりメールフォームで。

※週刊ポスト2019年2月1日号

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