2019/01/28 07:00

【井上章一氏書評】名門の出自に苛まれた鶴見俊輔

『鶴見俊輔伝』/黒川創・著/新潮社
『鶴見俊輔伝』/黒川創・著/新潮社

【書評】『鶴見俊輔伝』/黒川創・著/新潮社/2900円+税
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)

 鶴見俊輔は、私の知るかぎりまったくえらぶらない人だった。謙虚だというわけではない。そういった範疇はこえている。むしろ、自身をくさすことに急な人だった。自分はひどい男なんだ。とんでもない悪人なんだ。そんなことを言いだす時に目がかがやき、いきいきとして見えたことを、おぼえている。

 しかし、世のいわゆる巨悪とくらべれば、思想家鶴見の悪などたかが知れている。私じしん、面とむかって当人に、そうつげたこともある。だが、鶴見はこういう物言いをうけつけない。けっきょく、この人は自分の悪を見つめることが好きなんだと、若造の私はきめつけた。

 鶴見がべ平連の運動をささえたことは、よく知られる。その京都事務局長を父にもつのが、著者の黒川創である。幼いころから、ツルミ先生の姿はよく見てきた。晩年にいたるまで、そのいとなみをたすけている。鶴見をよく知る人物による、これは本格的な評伝である。もしこの本に難点があるとすれば、著者と鶴見の距離が近すぎることぐらいだろうか。

「鶴見の生涯をつらぬくマゾヒズムじみた自己分裂の性向」を、もちろん著者もとらえている。というか、この「性向」を軸にすえつつ、鶴見の人となりをあらわしていった。鶴見には“ジキル博士とハイド氏”にもつうじる「人格分裂」がある。ただ、通例とちがい、鶴見の場合は「ハイド氏のほうが、妙に明るい表情を見せる」。この指摘はうなずける。やはり、そうなのかと納得した。

 後藤新平の孫であり、鶴見祐輔の子であるという。この出自に、名門の子息であるという立場に、鶴見はさいなまれつづけた。そのことにとんちゃくしなかった姉の鶴見和子とは、決定的なちがいがある。さまざまな局面で、その差がいろいろな意味をもったことにも、私は気づかされた。伝記的なディテールも、ほりさげられている。ていねいにしあげたいという著者の息づかいもうかがえる、好著である。

※週刊ポスト2019年2月8日号

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