2019/01/26 11:15

"都立進学校"がこの30年で激変したワケ

■人口の郊外拡散に伴って進学校が移動

私が高校に進学した昭和50年頃は、都心に通うサラリーマンのベッドタウンが、中央線や京王線、西武線沿線に西へ西へと成熟した街並みを形成し始めた頃に該当する。

たとえば第3学区を形成する杉並区、中野区、練馬区はまさにその時期に成熟したエリアの典型であり、そこで教育熱心な親に育てられた子供たちは、学区内の進学校に進むようになったのだ。東京西部に広がる住宅地開発の流れはさらに、JR中央線の線路に沿って西に進み、国立市にある国立高校、八王子市にある八王子東高校といった都立高校が、地域の進学校としての地位を固めていく。

こうして人口が郊外へと拡散する中、日比谷高校らの進学成績は凋落していった。また下町の都立名門校であった上野高校や白鷗高校、両国高校、墨田川高校などの進学校も、台頭し始めた私立高校に優秀な生徒を奪われ、進学成績を落としていくことになる。

白鷗、青山が復活し、立川、八王子東が凋落

牧野知弘『街間格差』(中公新書ラクレ)

都内どこからでも希望の都立高校を受験できるように入試制度を大幅に変えた際、当時の石原慎太郎都知事は「高校生なんだから好きな学校に電車に乗って通えばよい」といったようだが、通学時間はあまり長くないほうが良いに決まっている。また希望の高校までの交通利便性も重要な指標になったはずだ。その後、都立高校の入学者選抜方式はその後、幾度かにわたって改変され、現在では都内どこからでも「単独志願」で学校を選べるようになっている。また各学校に特色を持たせるために進学指導重点校、進学指導特別推進校などの指定や小石川中等教育学校(旧都立小石川高校)のような中高一貫校も設置されるようになった。

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