2017/08/27 14:00

「母親を嫌い」って言えないのはなぜ? 家族のカタチはなんだっていい

家族のカタチはなんだっていい【二村ヒトシさん】
家族のカタチはなんだっていい【二村ヒトシさん】

「運命の人は必ずいる」「さえない私だけれど、恋をすれば輝ける」「セックスをしてキレイになる」……。恋愛をめぐる話でよく聞くフレーズやメッセージなのではないでしょうか? さすがに白馬の王子さまが迎えに来るとは思ってはいないけれど、運命の人ならいるかもしれないと心のどこかで信じちゃっている部分も……。

AV監督で恋愛に関する著書も多い二村ヒトシさんが『僕たちは愛されることを教わってきたはずだったのに』(角川書店)をこのたび上梓しました。乙女の恋愛バイブルとして君臨してきた「少女マンガ」が発してきたメッセージに「それって本当?」「むしろ恋のルールに縛られて苦しくなってない?」と鋭く切り込んでいます。

「愛されること」や「恋愛のトリセツ」は少女マンガで学んできた。それなのにどこかしんどいのはなぜ? 3回にわたって二村さんに話を聞きました。

<前回は…>私たちの恋愛がしんどいのはなぜ?

つい「私なんて」と言ってしまうワケ

——学生時代の友人やまわりの女性を見ていても、優秀で身なりもキレイにしていて「ちゃんと」しているのに、自己肯定感が低いという人が多いと思うんです。

二村ヒトシさん(以下、二村):多いよねー! みんな、すぐに「私なんて」って言うし、「私はいいから」って言うよね。

——言いますねえ。原因は一つじゃないと思うんですが、なぜでしょうね?

二村:お母さんの被害者意識の影響だと思いますけれどね。「自分はこうだから、あんたもこう生きなさい」あるいは逆に「自分はこうだから、あんたは反対の人生を生きなさい」っていう……。

——うちの親もそうですね。今の例で言ったら後者かな。

二村:言っていることが逆なようでいて、じつは、まったく同じことを言っているんだよね。

男の子も父親から同じことを言われるんだけれど、それを裏切れるんだよね。父親を“殺す”ことが自分にだけじゃなく父親にとっても幸せだっていう伝統的なカルチャーがある。マンガでいうと『美味しんぼ』とかそうですよね。父親を憎むことで息子は大人になって、対等になってから和解するっていう物語。

でも世間の価値観や普通の少女マンガは、なかなか母親を憎ませてくれないし、母親を憎むことに人は罪悪感を持つでしょ? 母というのは父や世間に対しては弱者だから。

——持ちますね。ウートピではお盆やお正月といった帰省シーズンになると「実家に帰りたくない」というテーマの記事がよく読まれるんです。この前のお盆も「無理に親とわかり合おうとしなくていいよ」という記事がすごく読まれました。

二村:親子って他人なんですよ。だけど、なかなかそこを理解できない人が多いし、特に女の子は母親と癒着しちゃうんだよね。「母を嫌い」って言うと自分自身を傷つけているような気がしちゃう。そのへんは萩尾望都さんのマンガに詳しいんですが……。

——そういえば萩尾望都さんのマンガは今回は取り上げてないんですね。

二村:萩尾さんと三原順さんは、好きすぎて書けなかったんです!(笑)

親も恋人も他人です

——親と子どもは他人っていう話が出ましたが、「そうは言っても親子なんだから分かり合えるはず」という考えも強いですよね。真面目な女子ほど間に受けて「親のために」生きようとしてしまうのもあると思うんです。親に孫の顔を見せたいから子どもを産む、とか。

だから、紡木たくさんの『ホットロード』を取り上げた第2章で「肉親だって恋人だって他者だ。他者とは、自分にとって都合が良くない人のことだ」という部分を読んだときに「ああ、そうだよな」と腹落ちしたんです。

二村:現代って「分かり合えるよね」とか「絆」ってメッセージが強いでしょ? 分かり合うことを求めすぎてしまって、少しでも分かり合えない部分があると「キーッ」ってなって敵として認定してしまう。でもさ、分かり合えないのが恋愛だし生活だし、だから面白いんだよ。

——次回、恋愛とセックスの話をたっぷり伺いたいとは思うんですが、「運命の人はいる」というのも少女マンガの呪いですよね。

二村:うん、みんな心のどこかで王子様を待っちゃっていますよね。ガール・ミーツ・ボーイっていうのかな。そこは第6章の「なぜ恋で苦しむのか?」で取り上げた吉野朔実さんの『少年は荒野をめざす』を読めばいいと思います。恋愛を全然いいものとして描いていないんですよ。

——それは斬新ですね。

「フツーの家族」って何だろう?

二村:家族ってのも制度によるもので、制度による家族はろくなもんじゃないとも描いているしね。30年前の漫画だけど、これ読むと、いろいろ目が覚めますよ。

——おお……。

二村:家族って恋の果てにある結婚や出産によって形成されるものだ、それが「正常」だって一般的には考えられているけれど、そうじゃない「家族」も描かれているんです。

——血縁だけじゃないってことですね。家族って一般的には温かいものって考えられていると思うんですが、そうじゃない場合ももちろんある。「家族の絆」に縛られてしんどい思いをしている人も多いと思うんです。

二村:この世に生まれてきた人には必ず、その人を産んだ親がいるんだよね。男と女のつがいからでないと子どもが生まれないから。うまくいっている親のもとで育てられた子どもは「自分もうまくやらなきゃ」って思うし、親が破綻している子どもは「ああなっちゃいけない」って思うし、どっちにせよ家族に対して何らかのプレッシャーを受けるという意味においては同じことなんです。

——確かにそうですね。

二村:僕は日本の人口を必ずしも増やす必要はないと思うんだけど、生まれた子どもは貧困状態においてはダメで、まっとうな教育は受けさせなければいけない。でも社会はこれからどんどん貧しくなっていく。だったら複数の「親」になりたい大人が7、8人で1人か2人の子どもを育てたり、その子に投資や経済的な援助をしたりしてもいい。

そっちのほうが、ひょっとすると「恋」はないけど「愛」がある社会かもしれない。恋をしたい人が恋をするのはいいけれど、そこから始めて家庭を作らないほうがいい、という考え方だってあります。

『少年は荒野をめざす』には出産や子育ての季節までは描かれていませんが、でも今でいうシェアハウスを先見したような不思議な共同体が出てきます。

家族の形ってのは、なんだっていいんですよ。ただ、人が楽しく生きられさえすれば。

——「フツーの家族」って本当はどこにもないのかもしれないですね。

次回は8月28日公開です。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)

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