2018/07/25 18:00

鮮烈な才能で旋風を巻き起こす ピアニスト・太田糸音の可能性とは?

聴き手をたちまち魅了する
「魔性」の音楽を奏でる18歳


●太田糸音(おおた しおん)
2000年大阪府生まれ。2017年東京音楽大学付属高等学校を2年次で早期修了し、飛び級にて、現在東京音楽大学ピアノ演奏家コース・エクセレンス2年、特別特待奨学生として在学中。2007年より11年連続でピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会において入賞し、2016年には特級銀賞、聴衆賞を受賞。第21回松方ホール音楽賞受賞。2018年マルタ国際ピアノコンクール第2位。

 シャネルの創始者であるガブリエル(ココ)・シャネルはアーティスト支援者としても有名で、彼女がパトロネスとなって支援した芸術家は無名時代のピカソ、ストラヴィンスキー、作家のラディゲ、映画監督のヴィスコンティ、詩人のジャン・コクトーと錚々たる名前が並ぶ。

 このスピリットにもとづき、シャネルでは銀座の「シャネル・ネクサス・ホール」で若手アーティストにリサイタルの機会を提供するプログラム「シャネル・ピグマリオン・デイズ」を2005年からスタートさせている。これまでに73名のアーティストがここで経験を積み、音楽家としてさまざまな活躍を果たしている。

 シャネル・ネクサス・ホールで行われるコンサートでは利潤はまったく追求されず、純粋に音楽家の成長と支援が目的なので、お客さんのチケットも無料(毎回多数の応募があり、抽選制となっている)。2018年はヴァイオリニスト2名、ピアニスト2名、テノール1名が「シャネル・ピグマリオン・デイズ」のアーティストとして選ばれた。

 その中でも18歳と最も若く、ユニークな音楽性で注目を浴びているのがピアニストの太田糸音だ。2000年に大阪に生まれ、幼少期から多くのコンクールで連続優勝を果たし、現在飛び級で東京音楽大学器楽専攻(ピアノ演奏家コース・エクセレンス)に在学中。4月に行われたマルタ国際ピアノコンクールでは2位を受賞したばかり。

 計6回行われるシャネルの演奏会ではすでに4回のパフォーマンスを披露しているが、彼女の音楽性には、際立ってカラフルなイマジネーションが息づいている。

「両親が二人ともヤマハの講師をつとめていたので、とりあえず幼児科に入れてみようということで5歳からピアノを始めました。当時弾いていたのはギロックやブルグミューラーなどでしたが、今でもギロックは好きですね。同じクラスの子たちがコンクールを受けていたので『ちょっと私もやってみようかな』と思ったら、11年も連続してピティナ・ピアノコンペティションに出場することになったんです」

布団をかぶって演じた
「ひとりミュージカル」


イマジネーション豊かで、子供の頃から一人遊びが得意だった。自由な音楽教育が彼女の才能を開花させていく。

「ピアノと一緒に作曲も習っていて、子供のころからとにかく空想するのが好きでした。よく覚えているのは、寝室で父と母にはさまれて寝ていたんですが、二人が来る前に布団をかぶって『ひとりミュージカル』をやっていたんですよ。日によってストーリーが変わるんですが……両親がくるとすぐに寝たふりをするんですけどね。一度見つかってしまって『気持ち悪いなぁ』と笑われてしまいました。夜がとにかく大好きで。怪しさと神秘があって……窓から月を見るのが好きで、いつも『誰か私を連れ去ってくれないかなぁ……』と思いながら夜空をながめていました」

 ユニークな感受性をもつ糸音少女に大きな影響を与えた男性が二人いた。ひとりは彼女の父。もうひとりはピアニストのラン・ランだった。

「父は元ジャズ・ポップスシンガーで、今でも一度きりの人生でまだまだどんなことが出来るか挑戦しようとしている人。世界で一番尊敬しているし、何かに縛られているわけではないのに、単に自由に生きているのでもない。自分の父でいてくれてよかったと思うし、本当に素敵だなって思いますね。もうひとり尊敬しているのは、小学4年生のときにマスタークラスで教えてくれたピアニストのラン・ラン。何を教えてもらったのかということより、ラン・ランの奏でる音が音楽の喜びにあふれていて、彼自身が音楽なんだと感動しました。ちょうどその頃長時間練習することが苦痛になり始め『将来は花屋さんかシェフになりたい』なんて言ってましたから、ラン・ランがまたピアノに向かわせてくれたんです」

「また聴いてみたい」と
思わせる中毒性


マルタ共和国でのコンクールへ出場するために海外を初めて一人旅。「いい経験でした」

 まだ10代だが、天才少女としてピアノの世界では大きな注目を浴びてきた彼女。18歳となった今年、海外のピアノコンクールに参加し、2位という好成績を残したことは大きな前進だった。

「イタリアの南にあるマルタ共和国で行われたコンクールだったのですが、最初音楽祭だと思って参加申し込みをしたら、コンペティションだったんです(笑)。初めてひとりで海外へ行ったのはいい経験でしたね。そういうことも出来なければならないと思っていましたから。本選で弾くプロコフィエフの『ピアノ協奏曲第3番』はまだ譜読みが終わっていなくて、飛行機の中でも必死にスコアを読んでいました。着いてみるととても素敵なところで、一日ぶらぶら散歩していました(笑)。課題に現代曲もあり、暗譜で弾かなければならないので参加者全員が大変そうでしたが、なんとかファイナルまで進むことが出来て……結果を求めて参加したわけではなかったのですが、2位をいただくことが出来ました。家族そろって関西なので、どこか明るいノリがあるのかもしれません」

 太田糸音のピアノは個性的だ。ピアニストがまっすぐに曲の本質に入っていき、何かにとりつかれたような表情で幻想的な世界を表す。ラヴェルの『夜のガスパール』では、暗鬱な映像が見えるようだった。ショパンのバラードではめくるめく色彩の乱舞が描かれる。一度聴くと「また聴いてみたい」と思わせる中毒性があるのだ。

「20歳までに弾きたい曲、25歳までに弾きたい曲と色々決めているんですが、今どんどん増やしているのはリストとショパンです。リストはオペラのトランスクリプション(ピアノ版の編曲)である『ノルマの回想』を勉強したことで、ますます深いつながりを感じる作曲家になりました。ラフマニノフの『ピアノ・ソナタ第2番』も弾きたいですね。この曲を聴いているとすべてを忘れてしまうんです。ため息が溢れて、今どこにいるのかも忘れるほど入り込んでしまいます」

シャネルという場で学ぶ
自分を魅力的に見せる方法


「シャネル・ネクサス・ホール」で行っているリサイタルでは、登場するたびにスケールアップした演奏を披露している。

 シャネル・ピグマリオン・デイズのアーティストに選ばれることは、小さなころからの夢だったという。

「先輩ピアニストの酒井有彩さんがピグマリオンのアーティストだったことがきっかけで、私もシャネルのコンサートを聴くようになりました。自分が弾くようになって全部で6回のコンサートを構成している時間がとても楽しいんです。すでに終わってしまった公演でも、たくさんのことを考えるきっかけを与えてもらいましたし、音楽以外のこともたくさん考えるようになりました。最初にホールに入ったときは香水のいい香りがぷーんとして「別の世界に来たみたい」と思った記憶があります。シャネルのネクサス・ホールは憧れの場所でした」

 シャネルのリサイタルで学ぶのは、演奏以外のマナーや立ち振る舞い、自分を魅力的に見せる方法なども含まれる。ヘアメイク・スタッフが入り、いつもと違った鏡の中の自分と向き合って、ステージに出ていく。その経験から、たくさんのものを得ているアーティストは少なくないだろう。

「今日もシャネルでやっていただいているようなアップヘアにしてみたかったんですが……(笑)。外見が変わると気分も変わりますし、いい緊張感も出ます」

 すでにこの先のリサイタルのプログラムは決定済みで、最終回には思い入れのあるリストの『ノルマの回想』を弾くことになっている。

「これをきっかけに、オペラもたくさん見たいし、バレエもたくさん見たい。本ももっと読まなければならないし……将来は、結婚して子供を産んで、年をとって……おばあちゃんになっても死ぬまでピアノを弾いていたいです。ピアノのない人生は考えられないですね」

 あどけない笑顔で、大きな器を感じさせるキャラクター。今ならまだ、彼女のピアノを間近で聴くチャンスがあると思うと、一度でも多く聴いておきたいと思う。つむじ風のような強力な魅力をもつ18歳だ。

シャネル・ピグマリオン・デイズ2018
太田糸音

会場 シャネル・ネクサス・ホール
日時 2018年8月4日(土) 14:00~15:00
   2018年8月25日(土) 14:00~15:00
http://chanelnexushall.jp/program/2018/chanel_pygmalion_days_2018/

シャネル・ピグマリオン・デイズ2018
室内楽シリーズ 11月

会場 シャネル・ネクサス・ホール
日時 2018年11月2日(金) 18:30~
   2018年11月3日(土) 17:00~
   2018年11月4日(日) 17:00~
http://chanelnexushall.jp/program/2018/chamber_201811/


小田島久恵(おだしま ひさえ)

音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

文=小田島久恵
撮影=深野未季

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