2018/08/02 07:00

チヴィタ・ディ・バーニョレージョが 「死にゆく町」と詠われた理由は?

おとぎ話に出てくる町のように
強く儚く美しい絶景

「死にゆく町」。あるイタリアの詩人がそう詠んだ町があります。そこは、寂寥としたこのフレーズとは裏腹に、人々を惹きつけて止まない類い稀な美しき景色をもっています。


遠くから望むチヴィタ・ディ・バーニョレージョ。

 切り立った崖に、まるで孤島のようにぽつりと立つ小高い丘の上にあるその町。町へは長く高く続く一本の橋を渡っていくのです。

 見上げれば、まさに空に浮かぶようにあるこの町を「天空の町」と呼ぶ人もいます。

 まるでおとぎ話に出てくる秘密の町のような、独特の風貌をもつ「チヴィタ・ディ・バーニョレージョ」をご紹介します。

「死にゆく町」の真相とその美しさ


切り立った崖の上につくられた町。

 チヴィタ・ディ・バーニョレージョはイタリアのラツィオ州にあります。

 切り立った崖の上にあるその町の歴史はとても古く、約2500年前、古代エトルリア人によってつくられました。中世に最盛期を迎え、その頃の面影をそのままに残す、趣深い集落です。



中世の面影を残す、石畳の趣深い町並み。

 ここが「死にゆく町」と言われる所以は、その地盤が少しずつ崩落し続けていて、まさに失われゆく町だから。



左:町のある周囲の地盤。所々にサラサラと崩れ落ちるような姿がみてとれます。
右:町を下から眺めた様子。まるで岩と一体化するようにつくられた家々が独特な景色。

 もともと、この辺りは火山灰が蓄積してできた凝灰岩のため、風雨の浸食を受けやすい上、地震の多い地方なので、その影響で町のある丘は少しずつ崩落し続けているのです。


崩落した尾根の代わりにつくられ町へと渡る長い一本橋。

 現在、町へ行くには長い一本橋を渡らなければなりませんが、その昔は、町へ渡る尾根で繋がれていたそうです。しかし、16世紀に起きた大地震で尾根は崩落、町はまさに陸の孤島と化したのです。


町の中心の広場とサン・ドナート教会。

 また、記憶に新しい2016年に起きたイタリア中部地震でも被害を受け、一時は退去命令が出て封鎖されていました。未だ封鎖されている箇所もありますが、安全が確認された町中は、今は観光客も訪れることができるようになっています。



左:朽ちていく壁も何ともいえない風情をかもしだしています。
右:テッキの詩が刻まれた彫刻が「死にゆく町」を見守ります。

 この町を「死にゆく」と詠ったイタリアの詩人テッキは、その詩の続きで、儚さ故に輝く美しさをとても強く印象的に綴っています。


朝もやけむり、幻想的な雰囲気に包まれたチヴィタ・ディ・バーニョレージョ。

 今崩れゆこうとするその姿を儚いとも言えますが、いわば文明の始まり、紀元前から続く町と思えば、儚さよりも奇跡とも言える強さでそこにあり続ける町。その一見矛盾する2つのものを内包する姿こそが、人を惹きつけて止まないのでしょう。

 チヴィタ・ディ・バーニョレージョ、その強さと儚さが織りなす鮮烈なまでに美しい景色は、絶景と呼ぶにふさわしい場所です。

チヴィタ・ディ・バーニョレージョへの行き方

国鉄オルヴェート(Orvieto)駅から、バスに乗り換えて、バーニョレージョ(Bagnoregio)で下車。チヴィタ・ディ・バーニョレージョまで徒歩約15分。

チヴィタ・ディ・バーニョレージョがある
バーニョレージョ市のホームページ

http://www.comune.bagnoregio.vt.it/


藤原亮子 (ふじはら りょうこ)

イタリア・フィレンツェ在住フォトグラファー&ライター。東京でカメラマンとして活動後、'09年、イタリアの明るい太陽(と、おいしい食べ物)に魅せられて渡伊。現在、取材・撮影・執筆活動をしつつ、イタリアの伸びやかな景色をテーマに写真作品も制作中。イタリアでの日々をつづったフェイスブックはこちら。 https://www.facebook.com/chococogogo

文・撮影=藤原亮子

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