2018/09/12 18:00

スペシャル対談 横山剣×光石研 原宿がロックンロールの街だった頃

 2018年は、横山剣さん率いるクレイジーケンバンド(以下CKB)がデビュー20周年を迎えたアニバーサリーイヤー。3年ぶりのオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』のリリース、そして横浜アリーナでのライブなど、アグレッシブな活動が続きます。

 CREA WEBでは、デビュー20周年を記念して、スペシャル対談を企画しました。剣さんのお相手としてご登場いただいたのは、熱狂的なCKBのファンとして知られる俳優の光石研さん。2人のケンさんは今回が初対面。全5回にわたり、濃密すぎる対話の一部始終をお届けします!


▼talk01

80年前後の原宿へタイムスリップ


光石 今日は話のネタにと思いまして、私物を持って参りました。

横山 いやー、嬉しいですね。クールスR.C.からダックテイルズのシングル「真夜中のサリー」(84年)にアルバム『七福神』(85年)まで。貴重!

光石 僕は横山さんがクールスR.C.にいらした時代からずっと一方的に追いかけていたんです。だから、その後参加したダックテイルズもすぐに買いました。

横山 有り難いですねー。

光石 1983年に原宿にあったクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」で行われたクールスR.C.ライブも観ました。『KINGS OF ROCK'N'ROLL』(84年)というライブアルバムにもなりましたね。

横山 あのライブの日、持病の喘息が悪化しちゃって、実は当日の朝まで病院で点滴を打っていたんですよ。でも、シャ・ナ・ナ(69年から活動するアメリカのグループ。50年代のロックンロールやドゥーワップにオマージュを捧げた音楽性が特徴)のメンバーのレニー・J・ベイカーとスクリーミン・スコット・サイモンも参加するので、やるしかないと死にものぐるいで。

光石 すごかったです。「ダンス天国」から始まって、ロックンロールのオンパレードで。

横山 本番はなぜか大丈夫だったんですよ。あれは奇跡のライブでした。

光石 狭い空間が原宿界隈の洋服屋さんや、ちょっと大人の遊び人風のお客さんで満員になって。「ピテカントロプス・エレクトス」、通称「ピテカン」は、メロンやミュート・ビートといったバンドが活動していた先鋭的なクラブでしたね。

横山 そうですね。「ピテカン」はアパレルメーカーが経営していたこともあり、ファッション関係の人が多かったですね。当時の店長がBLACK CATSの初代ベーシストの陣内淳君だったので、僕らもよく遊びに行ってました。何回も出入り禁止になったり、ご迷惑ばかりおかけしていましたが。

表参道と明治通りの交差点で
チラシを撒いてました(横山)


光石 BLACK CATSといえば、原宿の「クリームソーダ」の店のスタッフが結成したバンドでしたよね。僕が高校を卒業して北九州から上京して来た1980年はロックンロールと50’sブームでした。

横山 原宿、明治通り、代々木公園あたりにロックンローラーが一気に増えた頃ですね。

光石 はい。原宿がすごく盛り上がっている時でした。僕が映画『博多っ子純情』でデビューしたのは、その2年前の78年。まだ16歳でしたから右も左も分からずでしたけどね。

横山 78年は僕がクールスのローディーになった頃ですね。

光石 『博多っ子』の時に大船でセット撮影があったので何日か休みをもらって東京に出て来たんです。クールスが常連だという原宿のカフェ「レオン」や、写真で見たバイクがずらーっと並んでた「カフェ・ド・ロペ」を一生懸命探しましたよ。

横山 表参道。セントラルアパート。懐かしい。青春!

光石 とにかく憧れていましたね。そのときクールスの佐藤秀光さんの店「CHOPPER」にも行ったんですけど、怖くて入れなかった。

横山 青山にあった「CHOPPER」ですね。そこで僕は店員をやっていたんです。

光石 そうなんですか。

横山 ツアーがない時は店員やってたんです。

光石 それから2年ぐらい経って、上京して初めてお店に入って赤い櫛を買ったんですよ。

横山 ああ。流行りましたね。リーゼントの必需品!

光石 もちろん「クリームソーダ」の櫛も買いましたけど(笑)。あの頃の原宿は修学旅行生の聖地でしたね。

横山 僕はその頃、表参道と明治通りの交差点の「ロッテリア」の前でチラシを撒いてました。ロックンロール・ブランドのライバル店「クリームソーダ」や「ペパーミント」の店員同士でガン飛ばしながら(笑)。

光石 うわーっ、一触即発ですね。それはデビュー前ですか?

横山 デビュー前です。職業作家を目指して作曲をしながらスタッフをしていた頃ですね。

光石 僕は高校の時からクールスのファンで、キャロルはもうすでに解散していて、それでクールスがデビューしたというんで飛びついたんです。

横山 キャロルはクールスがデビューした1975年に解散していますからね。

マッカーサーの愛車の中で
お尻を出しちゃった(横山)

光石 ある日、クールスのファンクラブの会報に萩野(知明)さんの写真が載っていたんですよ。友達と喫茶店に集まって、「誰だろう? この人、メンバーじゃないよね?」って疑問に思っていて。

横山 僕と一緒にCKBの事務所「ダブルジョイレコーズ」を興した現C.O.O.の萩野君のことですね。あの頃は萩野君もクールスのスタッフだったんです。当時、萩野君が18歳、僕が17歳。

光石 もう横山さんもスタッフだったんですか?

横山 まだメンバーの周りをウロチョロしてるウザい存在でした(笑)。リーダーの秀光さんの煙草を買いに行ったり、「瓶の牛乳買ってこい」って言われて原宿を駆けずり回って探したり、小間使いをしながらヌルッとスタッフになったんです。あれは確か81年のこと。

光石 僕は東京に出て来てすぐに新しいメンバーが入ったと聞き、そこで萩野さんがべースのトニー萩野だと判明したんです。「シンデレラ・リバティ」のシングルとアルバム『THE CHANGELINGS ~Born Busters Again~』(81年)をすぐに買いました。

横山 嬉しいですねー。『ROCK'N'ROLL JUNKY』(83年)のジャケットで僕が着ているヒョウ柄コート、これまだ試作版だったんですよ。当時、クールスのメンバーが経営していたファッションブランドは、秀光さんの「CHOPPER」、ムラさん(村山一海)の「SHOUT」、ジェームス(藤木)さんとフランクさん(飯田和男)の「WILD DANCER」と3つあって。

光石 スリッポンは「WILD DANCER」ですか?

横山 そうです。それまで「CHOPPER」にお世話になっていたんで、何となく気まずかったりして、3つのブランドをうまく交ぜながら着ていましたね。

光石 そういうのがあったんですか(笑)。大変ですね。先輩のメンバーに気を使いながら。

横山 音楽面ではまったくそういうことはなかったんですけどね。『OLDIES SPECIAL』(82年)のジャケ写は厚木の「マッカーサーギャレッジ」っていうカフェで撮影したんです。その店にマッカーサーが乗っていたっていうキャデラックが置いてあって。

光石 それは貴重ですね。

横山 そのマッカーサーのキャデラックの中でお尻を出すという失礼なことをしている俺(笑)。 

光石 写真にありましたね(笑)。でも、これはほんと名盤だと思います。そして、僕はその頃からシャネルズ(後にラッツ&スターに改名)も聴くようになっていたので、ドゥーワップとかR&Bにどんどん惹かれるようになって。

横山 ああ、同じく。

クールスを入り口として
いろんな音楽を吸収した(光石)


光石 当時、イラストレーターの湯村輝彦さんがソウル&ドゥーワップのファンジン「トレジャー・チェスト」でスウィート・ソウルを紹介されていたのにすごく影響を受けまして。あれに載っているレコードをとりあえず買い集めようと。

横山 湯村さん! テリーマン! 甘茶ソウル!

光石 そうしたら、クールスR.C.も、さっき話に出た『OLDIES SPECIAL』という全曲カヴァー・アルバムでソウル・ナンバーも歌っているじゃないですか。あれは嬉しかった。

横山 ありがとうございます。

光石 湯村さんもどこかで絶賛してましたよね?

横山 雑誌「宝島」の「ALL ABOUT R&B」というコラムで、デルフォニックス「ララ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」のカヴァーを褒めていただきました。

光石 それでライブを観に行ったら、ザ・モーメンツのカヴァーも歌っていて、もう痺れちゃって。

横山 あの頃は裏声が出たんですよ。クールスはわりと裏声を許容するバンドだったんで。

光石 あれはジェームス藤木さんの趣味だったんですか?

横山 はい。ジェームスさんが、ファルセット好きだったんです。

光石 「ミスター・ハーレー・ダビッドソン」という曲を初めて聴いたのは、中学の時だったんですけど、あの曲で裏声ってかっこいいと目覚めて、喫茶店の有線でそればっかりリクエストしていました。音楽の入り口はクールスでした。ほんとに10代から20代前半はクールスから色々な音楽を吸収させてもらいましたね。

横山 CKBファンでもそこまでの人はなかなかいないですよ。どこかでおっしゃってましたけど、「季刊リメンバー」(邦楽廃盤レコードをテーマとしたマニアックな音楽雑誌)読んでいたなんて相当筋金入りですよ。

光石 いやいやいや。ただ単に好きなだけです。

talk02に続く


横山 剣(よこやま けん)

1960年生まれ。横浜市出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年、クレイジーケンバンドはデビュー20周年を迎え、8月には3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』(写真)をリリースした。9月24日(月・祝)には、横浜アリーナでデビュー20周年記念ライブが行われる。
●クレイジーケンバンド公式サイト http://www.crazykenband.com/

光石 研(みついし けん)

1961年生まれ。福岡県出身。高校在学中の78年に映画『博多っ子純情』の主役に抜擢を受け、俳優デビューを果たす。主な出演作に、映画『Helpless』『ヒミズ』『シン・ゴジラ』『アウトレイジ 最終章』『モリのいる場所』『羊と鋼の森』、ドラマ「バイプレイヤーズ」「未解決の女 警視庁文書捜査官」「ハゲタカ」「フェイクニュース」などがある。盟友・大杉漣が初のプロデュースを手がけ、主演も務めた映画『教誨師』(2018年10月6日公開)にも出演している。
●鈍牛倶楽部(所属事務所)公式サイト
http://dongyu.co.jp/


剣×研サイン入りチェキをプレゼント!

横山剣さんと光石研さん、おふたりのサインが入ったチェキを、計5名にプレゼントいたします。応募要項は、この連載の最終回に掲載しております。

<衣装>
[光石さん]ネイビーセットアップ/BLUE BLUE(03-3715-0281)、インナーのアロハシャツ/本人私物

構成=佐野郷子
撮影=鈴木七絵
スタイリング=下山さつき
ヘアメイク=山田久美子

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