2018/10/19 18:00

俳優復帰から4年を経た中村優一が 「仮面ライダー」後のキャリアを語る

「仮面ライダー電王」でブレイクした、D-BOYS出身の俳優・中村優一。その後、さまざまな決断を迫られた、そのキャリアを振り返る第1回。

芸能界への憧れから
オーディションに合格


――中学生の頃は陸上部に所属されていた中村さんの幼い頃の夢は?

 母親が美容師をやっていることもあって、小学生の頃から髪の毛をいじったり、染めていたりもしたんです。その影響もあってか、その頃は美容師になりたかったですね。その一方で、足が速くなり始めて、リレーの選手などにも選ばれるようにもなりました。中学になって、最初はバスケ部に入ったんですが、入ってからボールを扱うのが苦手だということに気づきまして(笑)。それで陸上部に入りました。部のなかでは、そこまで速くはなかったんですが、副部長、それから部長をやっていました。


――その後、04年に「第1回D-BOYSオーディション」に応募し、グランプリを受賞されますが、芸能界への憧れはいつ頃からあったんでしょうか?

 中学生の頃から、どこか憧れはありましたね。演技について考えることは一切なかったんですが、母親の影響でよくドラマを見ていたんです。その思いは高校に入ってからも強くなり、オーディション雑誌の「De☆View」に載っていたD-BOYSのオーディションに応募することを決めたんです。合格して、すぐにドラマ「ごくせん」の出演が決まったときは嬉しかったですね。

「響鬼」終了から1年後に
「電王」出演の快挙


――05年、桐矢京介役で「仮面ライダー響鬼」に出演され、注目をされますが、この作品での想い出は?

 初めて、メインで役とセリフをいただいた作品だと思うんですが、じつは明日夢役でオーディションを受けていたんです。それには落ちてしまったんですが、その半年後のオーディションで京介役をいただいたんです。何もかも初めての状況で、最初の頃はカメラマンさんからずっと怒鳴られっぱなしで、泣きながら家に帰るような感じでした。そんななか、主演の細川茂樹さんなど、年上の共演者の方が可愛がってくれて、いろいろ教えていただいたことで、ちょっとずつですけれど、学ばせてもらいました。とても有難い現場でした。



――さらに、07年には「仮面ライダー電王」で桜井侑斗/仮面ライダーゼロノス役に抜擢され、キャラクターソング「Action-ZERO」もリリースされますね。

「響鬼」では最終回に変身シーンがありましたが、ライダー役ではなかったんです。でも、今回はライダー役ということで、飛び跳ねるぐらい、めちゃくちゃ嬉しかったですね。たとえば、自分のライダーのグッズができたりするじゃないですか! 「響鬼」のときは、あれがうらやましかったんです(笑)。作品の人気が高かったこともあって、僕のキャラソンがオリコン週間7位に入り、イベントとかでも歌わせていただけるのも有難かったです。しかも、小さい頃に好きだった海外ドラマ「フルハウス」で吹替されていた大塚芳忠さんが僕の相方役(デネブ)だったので、まるで夢のようでした。

主演ドラマなど
着実にキャリアを蓄積


――それでは「電王」の撮影期間で、中村さんが学ばれたことを教えてください。

「電王」はいろんな役に憑依する設定でもあったりするので、ひとつの作品で、いろんなキャラクターを演じられるのは楽しかったし、勉強になりました。今こうやって、俳優を続けられているのは「電王」のおかげだと思っていますし、自分にとって大切な宝物です。その後、引退した後の復帰作となった『スーパーヒーロー大戦GP 仮面ライダー3号』の舞台挨拶などでも、みなさんの「侑斗!」という温かい声援を受けて、さらに実感しました。


――その後「ラストメール2 ~いちじく白書~」や「もやしもん」といったドラマでは、主演を務められます。

「電王」をきっかけに、そういう主演作で、コミカルなお芝居もやらせていただいたんですが、今思えば、主演としての責任を考える余裕もなく、自分の至らない部分もたくさん見えて、日々精一杯な気持ちでやっていましたね。気づいたら、夜になっていて、次の日の撮影の準備をしている感じ。「もやしもん」は菌やウィルスが肉眼で見える学生役だったので、CG合成するための一人芝居がとても多かったのですが、「電王」での経験がとても役立ったのを覚えています。

D-BOYSメンバーとしての活動


――09年には主演映画『湾岸ミッドナイト THE MOVIE』も公開されました。

 あの撮影のとき、自動車免許を持っていなかったんです(笑)。だから、加藤和樹くんと一緒にグリーンバックでの撮影が多かったのを覚えています。でも、走り屋の話だったので、クルマ好きなウチの父親からいろんな話を聞いて、それを参考にして自分のイメージを膨らませましたね。


――当時はD-BOYSのメンバーとして舞台にも立たれていましたが、映像の仕事の違いはありましたか?

 当時は無我夢中だったのですが、今考えると、年に一本の舞台では殺陣など、いろいろ経験させていただいていました。そして、D-BOYSのメンバーはエネルギッシュで、いい仲間でした。ただ、とりかえしがつかない一発勝負という意味で、個人的に舞台を怖がっていたことは強く覚えています。

引退から復帰を決意するまで


――持病の腰痛から舞台を降板し、その後は休業、さらには12年に引退に追い込まれてしまいますが、当時の心境を教えてください。

 舞台の降板に関しては、楽しみにしてくださったファンのみなさんやいろいろな方にご迷惑をかけてしまいました。どうにもならないことなので、いろいろ悔しい思いはありました。それで、引退に関しては「一度やめてみる」という自分の選択でした。高校生の頃から、この仕事を夢中でやっていたこともあり、あまり人生設計のようなものを考えていなかったんです。それで、大人としての感情や考えを持っていないことに対して、不安になってしまったことが大きかったです。


――14年には俳優業を再開されますが、いちばんの理由は何だったんでしょうか?

 やはり、心の中に未練もありましたし、休業中、個人的にブログを立ち上げたときに、たくさんコメントをいただいたんです。自分を必要としてくれるというか、自分のことを覚えていてくれている。それがとにかく嬉しかったんですが、人の縁もあって、いまの事務所の社長と出会ったこともあり、復帰するという道を選びました。


中村優一(なかむら ゆういち)

1987年10月8日生まれ。神奈川県出身。04年「第1回D-BOYSオーディション」でグランプリを受賞し、D-BOYSに加入。05年「仮面ライダー響鬼」、07年「仮面ライダー電王」に出演し、注目を浴びる。引退を経て、14年に復帰。現在、映画『恋のしずく』が公開中。


『黒蝶の秘密』

昇進のタイミングで東京にやってきた富山(染谷俊之)は、不動産屋の岡崎(中村優一)から「ブラックダリア(黒蝶)」の絵画が飾ってあるアパートを紹介される。アパートで出会ったミステリアスな美女・美緒(水沢エレナ)の存在も気になった富山は、その部屋へ入居することを決めるが、そこにはとんでもない秘密が隠されていた。
http://kokuchou.united-ent.com/
10月26日より、ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場ほかにて公開。
(C)2018「黒蝶の秘密」製作委員会

くれい響 (くれい ひびき)

1971年東京都出身。映画評論家。幼少時代から映画館に通い、大学在学中にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。その後、バラエティ番組制作を経て、「映画秘宝」(洋泉社)編集部員からフリーに。映画誌・情報誌のほか、劇場プログラムなどにも寄稿。

文=くれい響
撮影=佐藤 亘

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